タクボ 田窪 大祐 Daisuke Takubo

自然と人をつなげる薪焼きの肉

旨い肉を食べたい時に訪れたいのが「タクボ」だ。食材と人を大切に、誠実かつシンプルに料理に向き合ってきたシェフ、田窪大祐氏がたどり着いた、高温でカリカリ、ジューシーに焼き上げた薪(まき)焼きの肉は、リピーターが後を絶たない逸品だ。

目の前の火で焼いた肉には、人をとりこにする魅力がある

表面はカリカリだが、かむとジューシーな肉汁に口中が満たされる。柔らかく、肉の旨みが詰まった“十勝田くぼ牛”の薪焼きには、食べた瞬間に人をとりこにする魅力がある。「原始時代から、火のあるところに人が集まってきたでしょう。目の前の火で焼きたての肉には、やはり力があるんだと思います」とオーナーシェフの田窪大祐氏は言う。

蓋のない開放暖炉を使っているため、空気に触れさせながら木にストレスをかけずに熾火が作れる。うまく仕上がった熾火は、高温でもホカホカと穏やかで、肉を慈しむように焼き上げる。火と肉にこだわったら、あとは愛をもって調理するだけ。気負わず、飾らず、率直な田窪氏の姿勢が、そのまま表れたストレートな味わいだ。

料理哲学の9割を作ったのは、「アロマフレスカ」の原田慎次氏

愛媛県今治市で生まれ、子どもの頃から料理好き。大阪の調理師専門学校に入り、在学中にイタリアンに目覚めた。最初は松山の店に勤めたが、本で見た日髙良実シェフの洗練された料理に愕然とし、上京。田窪氏の料理哲学の9割を作ったのは、当時、広尾にあった「アロマフレスカ」のシェフ、原田慎次氏だ。

「バブル時代のコテコテのイタリアンではなく、食材を生かすアプローチが斬新でした。今でも新しい食材に出合うと『原田さんならどうするだろう』と自然と考えますね」

店の方向性を決めた薪焼きとの出合い

そのアロマフレスカが移転するにあたり、同店が入っていたビルの所有者と共同経営したのが「リストランティーノバルカ」。2店目の「アーリア ディ タクボ」でオーナーシェフとなった。そして、40歳で物件探しから手がけたのが現在の「タクボ」だ。店の方向性で迷いが生じていた時に薪焼きに出合い、衝撃を受けての決断だった。

「薪焼きは夏は暑いし、ラクではありません。でも、便利な現代で、のんびり火を熾すところから始めるというのもいいじゃないですか」と笑う。 

コンセプトは「自然」。信頼できる生産者から仕入れた食材を生かし、自分が心からおいしいと思うものだけをゲストに供する。田窪氏の自然体の料理が、店を出てからも温かな余韻となって、心身を満たしてくれる。
「タクボ」田窪大祐氏

理想の焼き上がりが実現できる薪焼き

タクボの薪

代官山に店を移してから、新しい挑戦として薪焼きを始めた田窪氏。ナラの木を40分から1時間くらい熱した熾火で焼くのだが、遠火で均一に焼く炭火と違い、高温の近火で一気に焼く。「タクボ」の場合、冷蔵庫から出したてのサーロインの塊肉を、薪の熾火でこまめに裏返しながら10分で焼き上げるという。

最近ではしっかり常温に戻した肉を、時間をかけて低温調理するのが主流だが、あえて常識を覆したいというわけではない。単純に、理想の焼き上がりのイメージから逆算していくと、今のような焼き方になるのだと話す田窪氏。

「僕の場合、外側にパリッとした肉の壁を作りたい。それには、常温に戻した肉だと、火が中まで入り過ぎるのでダメ。薪焼きで一気に焼くことで、ナイフで切った時には身にとどまっていた肉汁が、口の中でかんだ時に初めてあふれ出してくる、理想の焼き上がりが実現できます」

肉質を吟味した“ 十勝田くぼ牛”

店では北海道で「十勝ハーブ牛」を育てているノベルズ食品の「N34」という肉を使っている。これは、黒毛和牛にホルスタインを掛け合わせた交雑種(F1)の経産牛に、ハーブなどを混ぜたエサを与え、34~38カ月と長期間肥育したもの。赤身の肉のおいしさと、黒毛和牛の上質な脂の両方の性質を持っていて、薪焼きにすると香ばしくて赤身がしっとりとした、理想の味わいになると田窪氏。

さらに特徴的なのは、シェフとのコミュニケーションを重視してくれること。タクボの場合は、ブロック肉の画像を週に1度送ってもらい、サシの入り方や赤身の具合などを確認して、肉を選んでいるという。こだわって牛を育てているだけでなく、かなりの頭数を扱っているからこそ可能なシステムでもある。

「僕が目で見て『いい』と思った肉を、自信を持っておすすめするという意味で、“十勝田くぼ牛”とうたわせていただいています!」

このN34は熟成したワインのようなガーネット色が特徴的。その中でも、一番肉質が安定するサーロインを提供。

「黒毛和牛の脂が胃にもたれるという人でも、さっぱりと食べられるんです。基本的には牛肉は“十勝田くぼ牛”のサーロインですが、ご要望があればハラミや熊本の赤牛を出したりします」

生産者には必ず会いに行きます

タクボで使用している食材

「いくらおいしくても、食材に対して愛がなかったり、清潔な環境で作っていなかったりすると嫌なんです。だから、生産者さんには必ず会いに行きます」と田窪氏。一人のこだわって作っている生産者を知ると、その知り合いを紹介してもらって、輪が広がっていくことが多いと話す。

現地でその食材がどのように食べられているかが、料理のインスピレーションになることも。自身も出向き、生産者にも店に来てもらって、何が必要かをお互いが理解し合えている関係が理想だと話す。

「例えば、北海道の福田農園の王様しいたけや、和歌山県の山利の釜あげしらす、広島県の梶谷農園のハーブ、岡山県のエバーグリーンのオリーブオイルなど。さらにおいしいと思う食材に出合ってもすぐに乗り換えず、生産者さんに相談して一緒にそれよりさらにおいしいものを作りたいと考えています」

Photo Masahiro Goda Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています