ファロ 加藤耕太郎・能田峰子

未来に伝える真に美しく健やかな料理を

銀座のランドマークの一つとして知られる東京銀座資生堂ビル。「ファロ」はその10階に位置するレストランだ。エグゼクティブシェフの能田耕太郎氏とシェフパティシエの加藤峰子氏が目指すのは、現代イタリア料理と、日本の風土や文化が融合した自由なガストロノミー。そこにはサステナビリティを尊重する思想も反映されている。

「より良い未来に向けて行動する」という強い思い

モダンかつ創造性のあるイタリア料理で、高い評価と人気を獲得している「ファロ」。その最大の特徴は、料理や店づくりの奥に流れる思想―サステナビリティを尊重する思想―にあると言えるだろう。これは、能田耕太郎氏と加藤峰子氏が共有している「より良い未来に向けて行動する」という強い思い、さらに言えば自然環境や料理業界の現状に対する強い危機感から生まれている。

二人が食にまつわる問題意識を持つようになったのは、イタリアで生活している時だった。

料理人としてサステナブルを実現する第一歩

能田氏は、大学卒業後にイタリア料理の道に入り、ほどなくしてイタリアに渡る。三つ星レストランをはじめとするガストロノミーの名店で多く働いた。しかしそうした高級店では食材の一部を使い他は廃棄せざるを得ないという場面に多々遭遇してきた。サステナブルを謳っているレストランであっても、廃棄問題が発生しているケースも。そんな厨房のあり方に、能田氏は衝撃と疑問を抱いた。

「イタリア料理の源流は郷土料理や家庭料理にあり、本来は無駄や廃棄を出さない料理です。なのに、高級店になると真逆のことをしている。ある時から、ガストロノミーに疑問を持ち始めました」(能田氏)
「ファロ」能田耕太郎氏

そう考えた能田氏は、共同経営でネオビストロスタイルのレストラン「bistrot64」をローマにオープンする。ここでは料理のクオリティーを保ちながら、食材の廃棄されがちな部分もきちんと使う姿勢を貫いた。そして、価格は低く抑えた。

「表向きに『無駄を少なくします』と謳うわけではありません。でも、言わなくても、それが料理人のあるべき姿だと信じています」(能田氏)

これが能田氏にとって、料理人としてサステナブルを実現する第一歩となった。

社会に対して積極的に行動するシェフを間近で見てきた日々

一方の加藤氏は、東京に生まれながら中学校から英国に移り、高校と大学をイタリアで過ごした経験の持ち主。学生時代からアートや哲学に興味を持つとともに、小さい頃から菓子作りが好きだったという。大学卒業後は大企業に勤めたものの、ある日、自分が本当にやりたいことをやるべきだと気づいて方向転換。菓子の道に進んだ。

加藤氏もまたイタリアの多くの名店で働いた。その中にはミシュラン三つ星の「オステリア・フランチェスカーナ」も含まれている。同店のシェフのマッシモ・ボットゥーラ氏は、早くから環境や社会の問題に対する危機意識を料理で表現してきた人物。また、破棄される予定だった食材で料理を作り、生活困窮者に無料で提供する食堂を立ち上げたシェフとしても知られている。
「ファロ」加藤峰子

加藤氏は、イタリアでも、そして世界でもめずらしいそんな氏の元で働いた経験の持ち主。社会に対して積極的に行動するシェフを間近で見てきた。

サステナブルに向けた取り組みを実践するファロ

そんな二人が牽引するファロでは、サステナブルに向けた取り組みを多彩、多層に実践している。たとえば、日本のガストロノミーレストランとしてはめずらしく、ヴィーガンコースを提供しているのはその一例。卵や乳製品を含む動物性素材を使わないヴィーガン料理は、環境に強い負荷をかけている畜肉の使用を避けられるなどサステナブルな食のあり方につながる。

今ファロでは、同様店の客層にしては若い30代の方が、ヴィーガンコースを求めて来店するケースが増えているという。

ファロではまた、厨房の中での廃棄食材の最小化を徹底している。「精進大根のラヴィオリ」はその好例だ。この料理は、和の精進だしを染み込ませた大根のスライスに、その精進だしをとる際に出るだしがらから作るペーストを挟んだもの。だしがらといっても、内容は炒い り大豆、炒り米、どんこしいたけ、昆布、切り干し大根なのだからおいしいに違いない。通常では捨ててしまうだしがらを無駄なく使いきり、しかも旨うまみ、コク、満足感を備えた料理を作り上げている。

一方、料理を通して自然の多様性の貴重さを伝えることもある。加藤氏の作るデザート「花のタルト」は、里山の自然を表現した一品。40種類にものぼるハーブや花が盛り込まれている。花は、高知や奈良の山奥から送られてくる野生のものも含まれる。

野の花を使うようになった経緯について、加藤氏はこう話す。

「ファロでは店で使う素材の生産者や、道具を作る職人の方々にチームで会いに行っているのですが、その一環で高知の農家さんを訪ねたことがありました。そこで、80歳を過ぎたおばあちゃんたちから農業をするのが体力的にきつい、という声を聞いて。そんな声に対して何かできるだろうか?と考え、話をしていたところ、彼女たちは里山に咲く花にとても詳しいことに気づいたのです。早速、『私たちが食材として使うので、ぜひ花を摘んで送ってください!』と、リクエスト。彼女たちにとっても、私たちにとってもプラスになる解決策を見つけることができました」(加藤氏)

加藤氏はまた、全国にあるこのような里山の自然や食文化は、30年後、50年後に消えてしまう可能性が非常に高いと危惧する。高齢化と人口減少による集落の消滅。温室効果ガスの排出とそれに伴う地球温暖化、自然環境の変化……。「多様性のある植生、そして野の食材。こんなに豊かな宝物が日本から加速度的に失われつつあるんです。そのことを、まずは情報として伝えたい」。こうした危機感も、このデザートから発信している。

ファロ自家製のコンブチャ
発酵飲料「コンブチャ」を自家製する。写真は左よりゼラニウム、沖縄のレンブ、東京の松の葉、奈良の小梅。ファロではこれを飲料の他、調味料としても使用している。

今を生きる料理人としてできることを

このように、今を生きる人間として、自然環境に対する責任を果たそうという意思が二人には共通している。「『何を選ぶか』というのは、自分がどう生きるかの表明でもあります。なので、食材の裏にある状況やストーリーを知ることが大事なのです」と加藤氏は話す。

能田氏は、「今までのラグジュアリーは『無駄を出す』ことに根ざしていたと思います。しかしこれからは、無駄を出すことが非常に恥ずかしいことになるはず」と話す。

「ラグジュアリーは今後、安心安全、環境問題への配慮、無駄を出さないことから生まれるのでは。こうした未来へも通用する価値観を手探りし、お客さまと共有する場を作るのが、ファロでの私の仕事だと思っています」(能田氏)

加藤氏も、「近い将来、無駄を出す余裕はなくなるはずです」という。地球規模で見ると、人口急増や気候変動の影響で、2050年には食料の供給が窮迫する可能性が高いと言われている。食料自給率が低い日本では、食料事情の見通しがひときわ立ちにくい。

「そのような状況を知らず、食品ロスや環境破壊に目を向けないなんてことは、あってはなりません」(加藤氏)

ちなみに加藤氏は世界の環境問題や社会問題全般に対して常にアンテナを張り、最近ではIPCC(気候変動に関連する科学的評価を担当する国連機関)の報告書を読んで情報を得ているそうだ。これからは料理人であっても料理だけに興味を持ち、社会の動きを知らないでは通用しない。

「見たくないものから目を逸らし続けるのも、もう限界に来ています」(加藤氏)

未来に伝える真に美しく健やかな料理とは、どのような料理なのか?料理人は何ができるか? そんな問いを日々自分たちに突きつけている二人。料理界に、そして社会に新しい価値観を提示してくれるに違いない。

  • ファロのパスタフォーク
    新潟県三条市にある、箸で知られるメーカー「マルナオ」による特注のパスタフォーク。黒檀製。口当たりが柔らかくぬくもりがある。陶器の皿を傷つけることなく使えるのも利点。
  • ファロ・能田氏の愛用の包丁
    能田氏の愛用の包丁は、福井県の高村刃物製作所製「打雲 花」。抜群の切れ味で、ダマスカス鋼の特徴である木目状の模様も美しい。右3本は同社製のステーキナイフ。

Photo Masahiro Goda