ザ バーン 米澤 文雄 Fumio Yonezawa

今を生きる料理人として、将来に向けてできること

活気の奥の危機感と責任感

2018年にオープンした南青山の「ザ バーン」は、炭火で焼いた肉料理とヴィーガンメニューで知られるニューヨークスタイルの店。エグゼクティブシェフを務める米澤文雄氏は、料理界の若きオピニオンリーダーとしても知られる。

「ザ バーン」のエンドユーザ―はシェフ自身

常に活気にあふれるレストラン、「ザ バーン」。お客は皆肩ひじ張らず、料理をシェアしながら、心から食事の時間を楽しんでいる。テーブルに並ぶのはニューヨークスタイルの前菜やヴィーガン料理、そして炭火で豪快にグリルした牛肉など。メニューには「揚げナスのヴィーガン ラザニア風」、「カリフラワーステーキ カルダモンと自家製アリッサ」など興味をそそり、読んでいるだけでワクワクする品々が載る。

牛肉は、100日間以上ドライエイジングさせた国産の牛や経産牛を含む通好みのラインアップ。「赤身こそが牛肉の醍醐味」と知る“肉好き”のお客も大満足する内容だ。エグゼクティブシェフで、この店のプロデュースも手がけた米澤文雄氏曰く、「僕が食べたい料理を、僕の食べたいスタイルでそろえています。エンドユーザーは僕です」と笑う。

ザ バーンの外観写真
地下鉄青山一丁目駅から直結する立地。店舗があるのは地下1階だが、ビルの造りの関係上、地上の開放感が届く場所。ガラスで覆われた店内は、広々とした印象だ。

22歳で単身ニューヨークに

そんな米澤氏は、やはりニューヨークで働いた経験の持ち主だ。「料理上手の母親の手伝いを小学校の3、4年生の頃からはじめた」という生粋の料理好きだった米澤氏は、恵比寿のイタリア料理店「イル・ボッカローネ」で修業を開始。同店は、本格的なイタリア料理を、元気いっぱいのイタリアンスタイルで提供するスタイルで知られる。

「基礎を教えていただいた大切なお店。当時のシェフや仲間とは今も交流があります」

そしてこの店で外国人のグループ客を、まだ勉強途中だった英語でもてなしたことが、米澤氏にニューヨーク行きを決意させることとなった。

「つたない英語でしたが、精一杯にコミュニケーションを試みた熱意が届いたのか、食事の最後には『君のおかげで今日のディナーは最高だった!』と皆で立って拍手をしてくれたんです。それがうれしくて」

また彼らのストレートな感情表現にも惹かれ、「こうした人たちと生活したい」と思ってアメリカ行きを決意。そして「アメリカならニューヨークだろう!」と、22歳の時に単身でかの地に渡った。

ジャン・ジョルジュさんは僕の人生の師

米澤氏はそこで、ニューヨークを代表する三つ星レストランの一つ「ジャン・ジョルジュ」にて、同店日本人初のスーシェフに抜擢されるという快挙を成す。

「シェフのジャン・ジョルジュさんは僕の人生に大きな影響を与えた師。料理でもビジネスでも影響を受けています」

料理では、スペシャリテの一つである、ホタテのソテーにケイパーとレーズンのソースを合わせた品が印象に残っているという。特にその自由なソースに惹かれたそうだ。

またスーシェフゆえ、数字の管理も仕事の一つ。「定期会議では損益計算書を読んで分析を報告しなくてはいけない。それも、英語で。もう、死ぬ気で勉強しましたよ(笑)」

この経験を通して、“料理人は料理もビジネスも学ぶ”というアメリカの料理界のスタンダードを身につけた。

その後帰国した米澤氏は、数店でシェフを経験したのち、「ジャン・ジョルジュ トウキョウ」のシェフに就任。ニューヨークのファインダイニングを時差なく伝える店で指揮を執った。そして、オープンしたのが「ザ バーン」。自身の好みを最大に反映した店で活躍、快進撃を続ける。

食の未来に向けて

ところで米澤氏が日々取り組んでいるのは、ザ バーンの充実だけではない。食を取り巻く環境のよりよい未来のための活動にも力を注ぐ。

たとえば、米澤氏は2019年にヴィーガンの専門レシピ本を出版し、この分野の第一人者としても知られるようになった料理人だが、彼がヴィーガンを追求するのは「野菜の食べ方の多様性を広げたい、伝えたい」という思いによるもの。そしてそれは、自然環境の保護にもつながる思想なのだ。

今、畜産業は“牛がメタンガスを排出する”“大量の飼料を消費する”などと言われ、自然環境に負荷を与えていると問題視されている。そのため、プラントベースの肉や人工的に培養した肉の開発が進むなど、食の業界では“脱・肉食”に向けた流れが本格化している。「僕は、人類が完全に肉食をやめることはないと思っていますが、消費がグッと減ることは確実と考えます。その時、野菜でも味のよさや満足感を備える料理を作ることができると、示せるようにしておきたいのです」と話す。

「SDGsは2030年に設定目標を達成すると定めていますが、個人的にはその動きは25年ごろから加速すると思っています。人は5年以上の将来を具体的に考えることはなかなかできませんから」

だからこそ、この3~4年は準備期間として加速に備えるのが大事だという。

「ヴィーガンの料理も、25年を意識することで、より具体的な年次の目標が立てられます。そうすれば去年より今年、今年より来年、確実に内容を向上させたり、人々の間に浸透させることができるはずです」

書籍『ヴィーガン・レシピ』
2019年12月に刊行された書籍『ヴィーガン・レシピ』(柴田書店)は、米澤氏をヴィーガンの第一人者に押し上げた名レシピ集。変化に富む90品を収録する。

若手料理人の教育にも力を注ぐ

こうした環境に対する意識を常に持つ一方で、米澤氏はレストラン業界の将来についても危機感を持ち、若い料理人の教育にも力を注ぎたいと話す。それは、今の30歳前後の若手料理人は、料理修業もビジネス修業も中途半端だと感じるから。

「企業の都合で、教育を受ける機会のないまま、漫然と年を重ねざるを得ない……そんな状況なのだと思います」

こうした若手の勉強の場を作るため、近々、友人にして先輩、そして同じ危機感を持つ奥野義幸氏(「ラブリアンツァ」オーナーシェフ)とオンラインサロンをはじめる。「それが、僕が今を生きる料理人として、将来に向けてできること」という。

ザ バーンは、ただ活気に満ちているのではない。こうした広い視野を持つ、未来に向けた米澤氏の責任感がベースにある。それが、この店の信頼感と安心感、それらに裏打ちされた心地よい雰囲気につながっているに違いない。

  • 「ザ バーン」の店内画像
    「ザ バーン」の店内は気軽に利用できるバースペースと、落ち着いて食事ができるレストランスペースに分かれる。写真はバースペース。オープンキッチンの活気も、心地よいBGMの一部。
  • 「ザ バーン」の店内画像
    定番のワインに加え、カクテルもザ バーンでは人気。リキュール類も他種そろえ、さまざまなオーダーに対応する。アペリティフに、食中に。N.Y.スタイルの店らしくお客は自由に楽しむ。

Photo Haruko Amagata Text Izumi Shibata