分とく山 野﨑 洋光
料理の品格は温もりにある
日本料理本来の品格を保ちながらも独自の工夫を凝らし、日々進歩を見せる「分とく山」総料理長の野﨑洋光氏。「分とく山」開業から30年超の長きにわたり、料理界の第一線で活躍。今もなお料理を追求し続け、意欲的に変化を遂げる。
進歩する店が続く店、はやる店
「初めて料理長という立場に立ったのは26歳の時。修業時代が短かったこともあり、お客さまに育てていただいたようなものです」と話す野﨑洋光氏。とく山で料理長を8年間務めた後に分とく山の料理長となり、以来料理界の最前線を駆け抜けてきた。
その間店は繁盛し続け、常連客、新規客織り交ぜたお客がカウンターに日々集う。「ずっと同じことをしていたら飽きられる。お客さまに喜んでいただくにはどうしたらいいか、カウンターという形式の店ではより切実に考えるようになる」と話す通り、65歳を過ぎた今でもよりよい料理を追求する意欲は一向に衰えない。「進歩する店が続く店、はやる店なんです」とにこやかに話す。
2018年5月、長く構えた南麻布の店の隣に、店を立て替え新築したことも野﨑氏の料理に変化をもたらしたという。
「日本料理の感動はどこにあるかを考えると、やはり食材の風合いをしっかりと、鮮やかに伝えるところから生まれるはず。創作や高級食材ではないのです。そういう考えは前々から持っていましたが、移転後はいっそう強化、実践してゆこうと思っています」
具体的には、「直前仕事を徹底することです」と話す。例えば、蒸しアワビと生ノリの一品も、アワビはお客が口にする時間から逆算して、蒸して冷ましたものを盛り付ける。とうもろこし豆腐に盛り込むエビも同様に、しっとりとゆで上げ、冷ましたものを盛る。
「一度でも冷蔵庫に入れると風合いが落ちる」のだという。できたてを提供するには時間のコントロールが必要。料理店ではなかなか難しいことだが、「そうした基本的なことに丁寧に向き合うのが、本当のおいしさにつながるのです」と話す。
一見、熱々の料理ほど作りたてが重視されそうだが、冷たい料理こそ、素材の持ち味をはっきりと表現することが大事だ。
「人が味を感じるのは10℃〜70℃。冷たくしすぎても、味がしなくなってしまう。なので、うちはいわゆる“冷たい一品”も生温かいくらいの温度でお出ししています。その分、見た目で涼感を表現するのです」
時代にあわせた料理
「夏のアワビというと生のまま冷やし、大ぶりの角切りにしてお出しするのがかつては定番でした。でも、あれは固くて歯の弱い方は食べられない。それで、今回は蒸しアワビにしています。蒸す時間は20分。これも日本料理の世界では、長らく『アワビは5時間蒸す』なんて言われていましたが、あれは、『新鮮なものは生で。鮮度が落ちたら加熱』という冷蔵庫のない時代の習慣が残っているだけ。鮮度の落ちたアワビだから長時間加熱しないと柔らかくならなかった。今は『鮮度のよいものを加熱して、さらに味を上げる』ということができる贅沢な時代なのです。それを楽しみましょう。それに5時間も蒸したら風合いが消えてしまう。時代に応じた最適の調理を考えるのが料理人。教わったままを繰り返すのではなく、工夫をしてこそ、です」
「時代に応じて工夫しながら最適な調理を考えるのが料理人」という野﨑氏だが、「工夫をしても日本料理の品格を保つのが大切」とも語る。
「陰陽五行、花鳥風月。日本料理には守るべき決まりごともあります。そこから踏み外さないように」
例えば、陰陽は「主役と脇役」ということ。アワビと生ノリ、とうもろこし豆腐とエビという具合に、主・脇の役割をはっきりさせたシンプルな構成が、日本料理本来の姿だ。「魚を肉で巻くような、主役を重ねることは、西洋料理ではありますが、日本料理では格調を崩します」と話す。
穏やかな人柄ながら、料理に関しては反骨心を持って取り組んできた野﨑氏。「『昔からこうだから』というだけで料理を作っていては、結局長続きしません。時代は流れているのだから」と話す。「これからは若い人を前に出しながら、徐々に引っ込みます」と笑うが、後進を引き立てつつ進歩を続けるに違いない。
Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています