フロリレージュ 川手 寛康 Hiroyasu Kawate

自然体と大胆な進化

フランス料理をベースとした自由な料理、臨場感と活気にあふれる空間を特徴とする「フロリレージュ」。日本の素材にフォーカスし、そこに関わる人々の想い、素材の奥にあるストーリーを料理で表現することでも知られる。オーナーシェフの川手寛康氏は、世界レベルで高い評価を受けるこの店を率いながら、気負わず、それでいて革新的な店づくりを実践し続ける。

料理にマニアックに取り組む

ガストロノミーレストランのトレンドを牽引する店―このようなイメージで語られることの多い「フロリレージュ」だが、川手寛康氏は「そんなつもりは全然ないんです」と言う。自分がその時々に抱く興味、受けた刺激を、料理に素直に反映してきた結果が今のフロリレージュ。意外にも、自分自身を「あまり大きな夢は持たない。どちらかというと料理にマニアックに取り組むタイプ」と分析する。「目の前のことを一つずつクリアしていくのが楽しくて。一歩一歩階段を上るのが好きです」とも。こうした自然体でのコツコツとした積み重ねが店に対する人気や信頼、そしてたとえばミシュランガイド東京の二つ星や、世界のベストレストラン50の39位という高い評価へと結実している。

そんな川手氏は、都下で洋食店を営む家庭に生まれた根っからの料理人。小さい頃から遊び場は店の厨房で、自然と料理の道に進むようになった。高校は調理科のある学校に進学、卒業後は「オオハラ エ シイアイイー」と「ル ブルギニオン」で働きクラシックなフランス料理を習得した。その後渡仏しての修業を経て、帰国後は「カンテサンス」のスーシェフに就任。自由で現代的、創造的なフランス料理に開眼したという。

移転にともない大きく変えた料理のコンセプト

そして2009年、31歳で「フロリレージュ」を東京・外苑前にオープン。ほどなくして気鋭の若手料理人として注目を集めるようになる。店としても料理人としても上昇を続ける中、2015年には同じ外苑前エリアで移転。黒を基調としたシックな空間で、調理スペースをカウンターで囲むレイアウトを採用し、劇場のようにドラマチックで、ワクワク感にあふれるスタイルを作り上げた。今ではこのレイアウトを採用するフランス料理店は増えたが、2015年のフロリレージュのインパクトがそのベースにあるのは間違いない。

フロリレージュの内装

「でも実際にこのスタイルにすると決めた時は、不安も大きかったですよ」と川手氏。「今は、この空間が好きと言ってくださるお客さまがいてくれることがうれしいですね」と穏やかに語る。

移転にともない、料理のコンセプトも大きく変えた。最大のポイントは用いる素材をほぼ国産のものとしたこと。今でも9割5分は国産素材。「日本の素材で表現するフランス料理」、そして「生産者の想い、素材の背後にある風土やストーリーの表現」を強く意識するようになった。

光の当たらなかった食材の発掘

加えて、高いポテンシャルがあるにもかかわらず光の当たらなかった素材を意欲的に用い、価値の底上げをめざすなど、より広い視野で料理人の役割を開拓するようにもなった。その結果生まれた代表的な一品が、フロリレージュの代名詞である経産牛の料理だ。

今では、風味が濃い経産牛の肉はレストランでも高く評価され、用いる店も少なくないが、約7年前にこの料理を考案した時は、状況はまったく異なっていた。

「仕上げの肥育で、餌をどう工夫すれば求める方向に肉の味が高まるのか、生産者の方と試行錯誤しました。手探りでしたね」と言う。そのかいあり、今では経産牛の評価はレストラン業界の中で格段に上がった。
フロリレージュ・川手寛康氏

「この状況はとてもいいことだと思います。ただ、自分としては、『この経産牛でなら美味しい料理が作れるはず』という思いからはじまったもので、大それた意図を持っていたわけではないのです」

もちろん、「食をめぐる環境をよくしたい」という理念も少なからずある。ただしそれが先行するのではなく、自分の感覚に素直に従うことが川手氏の行動の出発点であり、大前提なのだ。

メインでは、野菜料理もセレクトできるようにしていきたい

またこれからは、「野菜の料理を増やしていくことになると思う。今はメインは肉料理ですが、野菜料理もセレクトできるようにしたいですね」と川手氏は語る。自分の身体が自然に欲する内容を料理に落とし込む。「自分の興味や感覚は、結構頻繁に変わるんです。だから料理もそれにともない、短期間で大胆に変わることもあります。同時に自分のフィルターもとても大事。そして料理のインスピレーションの源泉は、やはり素材」と言う。料理人をはじめとする創造的な仕事では、易きに流れると、無意識に自分で自分を型にはめがちである。そうなることを断固と避け、柔軟であり続けている。

以上、川手氏の料理の発想、背景にある姿勢を見てきたが、それらのさらに根幹にあるのが「お客さまに幸せな時間を過ごしていただきたい」という強い想いであり、それが料理人としての本当の幸せにつながっているという。

「今の料理人は社会的な信条も大事で、僕もそうした責任感を持ってはいますが、どちらかというとおいしい料理、自分の納得できる料理を作ることを大切にしています。そして、まずは料理でお客さまと対峙したいと思っています」

Photo Masahiro Goda