エスキス リオネル・ベガ Lionel Beccat

独自のスタイルで生み出す、フレンチの世界

フランス料理ならではの構築的な視点で、日本の食材にアプローチする「エスキス」のリオネル・ベカ氏。根底には、食材とゲストに対する愛があふれている。作り上げる料理は理知的で繊細、それでいて胃袋がホッと喜ぶ。構造は複雑でありながら食べた印象はシンプル、そんなスタイルを貫く。

繊細、多面的、シンプル

食材を最大に尊重しながら、風味とテクスチャーを繊細に重ね合わせ、他にない個性を持つ料理を作り上げるリオネル・ベカ氏。2012年の「エスキス」開店よりエグゼクティブ シェフを務める。

調理工程も料理の構成も非常に緻密だが、それは一切、ゲストには伝えない。

「召し上がって、ストンと『おいしい』と感じていただくのが理想。コンセプトで驚きたいのなら美術館に行けばいい(笑)。フランス人も日本人も、あくまでも料理の味に価値を見いだす。そこに、ヘルシーさが加わればなおよし。私が日本の料理や人に親しみを覚えるのは、こうした感覚を共有できるからです」

「メゾン・トロワグロ」時代の仲間たちとリオネル・ベガ氏
「メゾン・トロワグロ」時代の仲間たちと。

幼い頃の記憶が食の原体験に

そんなベカ氏は、実に多彩なバックグラウンドの持ち主でもある。ベカ氏自身は南仏・マルセイユ育ちだが、「母方の祖母がシチリア出身、父方の祖母がチュニジア出身の移民です」。そんな祖母たちは、ベカ氏が子どもの頃、それぞれによく料理を作ってくれた。料理をする際の彼女たちは、非常に集中していたという。

「なのでその間は、弟と僕はいたずらし放題(笑)。いくらあめを取っても気づかれない」

でも、いたずらばかりしていたわけではない。

「集中して料理をする祖母は、とても美しかった。手際にも見とれた。横で教えてもらいながら、彼女らをよく手伝ったものです」

何よりも心に残っているのが、出来上がった料理のおいしさだ。

「何かを作る時、気持ちを入れるのは大事なのだと彼女たちから学んだ」

特に、アラブや南イタリアの人にとって、家族のために料理を作るのは「愛している」と言うのと同じくらい重要な愛情表現なのだという。「これが私の食の原体験」と、ベカ氏は話す。

フランス料理という固定観念に縛られず、直観と倫理を優先する

そんな食の原体験を持つベガ氏の料理は、ひらめきを明確に打ち出した独創性と、素材本来の個性を尊重した自然な味わいの両方を併せ持っている。また、日本特有の食材や技法が頻繁に登場するのも、ベカ氏の料理の特徴だ。

「日本で料理を作るのであれば、日本の優れた食材を使いたい。ただし、やみくもに取り入れているわけではありません。私の能力と経験で扱うことができる素材もあれば、新たに分析し、理解しなくてはならない素材もあります」

例えば、アユ。アユの塩焼きは、シンプルなのになぜこんなにもおいしいのか? 調理のポイントは何かをベカ氏が理解する際、日本料理の料理人の力を借りた。「銀座 小十」の奥田 透氏に、アユのポイントは「身の繊細な香りと柔らかさ、内臓のインパクトある苦みとコク、カリッと焼いた頭のテクスチャー」だと教えを受けたという。また、これらを実現する炭火の扱い、そして日本人がアユに抱いている特別な思い入れについても学んだ。

このように素材を十分に理解したうえで、ベカ氏は素材を手にした時の直観、素材の魅力を表現するための論理的な構成をもとに料理を考案する。「フランス料理はこうあるべき」という固定観念――主素材と付け合わせとソースで一皿を構成する、フォンをベースに濃厚なソースをつくるなど――に縛られず、あくまでも直観と論理を優先する。

「『エスキス』とは『素描』という意味です。完成した作品ではなく、変化の可能性を秘めた状態である、という在り方を示しました。素材との出合いや私自身の変化によって、料理も店も変わり続け、進化し続ける。枠にはまっていない、いきいきとした状態でいたいのです」

ひらめきに満ち、ナチュラルで活力にあふれている。これこそが、現代の東京における「贅沢」。エスキスは、私たちがこの「新しい贅沢」を体験する場なのだ。
リオネル・ベガ氏

食材の「陰」の世界を写真で捉える

もともと写真は、見るのも撮るのも好きだというベガ氏。愛用しているのは、富士フイルムのミラーレス一眼X-T3。画像データはブルートゥースでスマホと共有できるので、インスタグラムにもアップしている。繊細なニュアンスも捉えてくれるので、大きくプリントしても大丈夫だ。

「最近は、テーマを設け、より時間をかけて写真に取り組んでいます。人生は一度きり。やりたいことをやらなければ。それで、じっくりと自分なりの表現に取り組んでみようと思ったのです」

今追っているのは、食材の「陰」の世界。例えば割烹のカウンターには美しく食材が並べられているが、それとは対照的な世界。生き物としての食材が時折見せる、生々しい表情を追っている。「パッと見て奇麗と思わないかもしれない。でも、普段から食材を扱う人間として、一度そこを正面から追ってみたかった」と話す。
リオネル・ベガ氏のカメラ

Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています