鮨よしたけ 吉武 正博 Masahiro Yoshitake

格調高き大胆さで魅せる究極の江戸前鮨

江戸前鮨の基本からブレず、かつ、柔軟な姿勢と並々ならぬエネルギーで、独自の世界を築いている「鮨よしたけ」。主人の吉武正博氏は、東京・銀座のこの店のほか、香港でも「すし志魂」をオープンし、2都市でミシュラン三つ星を獲得するという快挙を成し遂げた。2019年1月末に、同じ銀座内で移転をして、ますますの充実を見せる。

創意工夫とバイタリティーで究極の味を作る

2019年1月より、同じ銀座の中で移転した「鮨よしたけ」。広さの増した空間に、カウンターはもちろん、天井、砂壁、廊下などを細部に至るまで美意識を込めて作り上げた。そして主人の吉武正博氏が何よりも楽しみにしていたのが、厨房の充実。人一倍探究心旺盛な鮨職人である吉武氏が温めていたさまざまな希望、アイデアを可能な限り実現した。

一番の目玉は、独自のシャリのシステム。コースの握りの最初と最後、いずれも作りたてのシャリで握れるよう、こまめにご飯を炊き上げたい。そのために、釜飯サイズの羽釜をたくさん使用。以前の店でもこの方法を取っていたが、今回はグレードアップし、それぞれで火加減を細かく調整できる特別仕様とした。これにより、ネタに合わせて異なる印象の、かつ理想通りのシャリを作ることが可能に。より細かく、徹底して、最上の鮨を追い求める。

「鮨よしたけ」吉武氏が握る鮨
ネタ、シャリ、わさびが口の中で一体化する。それが、吉武氏の鮨だ。マグロは大トロ、中トロ、赤身を出す。ほどよく熟成させたこの中トロの、香りと旨み、なめらかさは格別。目利きと熟成、包丁の技で、多くのお客を虜にする。

握りのみならず、つまみへの探究心も吉武氏は桁違いだ。旺盛なサービス精神と、自由な発想。それでいて、鮨店らしいシンプルさ、格調高さも備えた落としどころに持っていく。

「日本料理の料理人さんたちに、いろいろ教えてもらうんです。彼らは技術のバリエーションが広くて、とても勉強になります」

特に深い交流を持っているのが、「日本料理 龍吟」の山本征治氏や、「銀座 小十」の奥田透氏ら。

「自分も『なぜこうする?』『こうしたら、もっとおいしいのでは?』をいつも考えているタイプなのですが、山本さんや奥田さんもそう」

炭火の扱い、包丁の使い方、火入れの解釈。マニアックな技術論で盛り上がることも多々ある。「私は、いわゆる有名店で修業した経験はないんです。広くアンテナを張り、さまざまな料理人さんや、京都のお米のスペシャリスト“八代目儀兵衛”さんなどのお世話になりながら、自分なりに握りとつまみを深めてきました」と、吉武氏。

その創意工夫とバイタリティーが、「東京と香港、2都市でミシュラン三つ星」という偉業を引き寄せたのだ。
吉武氏の修行時代

常にオープンな心で

「鮨は要素の少ない料理なので、ストイックさや研ぎ澄まされた感覚は欠かせません。と同時に、オープンな感覚も失わないでいたいと私は思うのです」と吉武氏は話す。

1980年代の終わりごろの2年間、ニューヨーク、マンハッタンのど真ん中の鮨店で働いていたことがある吉武氏。その年齢は、20代の半ば。当時は、今のように握り鮨を食べる人なんていなかった。

「まさに、カリフォルニアロールの時代ですよ(笑)。『あれっ? 勝手が違うな』と思ったのですが、拒否はしません。『これはこれで、文化かな』と思うタイプです」

もともと、海外を見たいと強く思って渡ったニューヨーク。忙しいし、なかなか街を楽しむふうではなかったが、充実はしていたそう。「海外は大好きですね」と笑う。

独立したのは2004年のこと。場所は六本木だ。その後、憧れていたという銀座に移り、2012年には香港に支店「すし志魂」をオープン。香港の店では、日本から航空便で素材を発送し、東京の店と同じ内容を準備している。志魂の料理長とはいつも打ち合わせをしているので、細かい連携が可能だ。

「今はラインもあるので写真もすぐ送れるし、便利になったものです」

堺の伝説、池田辰男さんの包丁

カウンター仕事が、ある意味劇場のような役割を持っている鮨店。鮨を握る人の動きもまた、鮨店にくる醍醐味だという。となると、包丁は、その舞台を演出してくれる道具。とっておきの美しさ、華やかさを持つものを、カウンター用として秘蔵しているそうだ。

「今回撮影した中で、1本は以前から使っているもの。もう1本は、これから使おうとしているもの。いずれも、刀のように反った、独特の姿が特徴です。そして、刃紋で山の連なりが描かれ、よく見ると富士山と太陽も。柄は、緻密な木目が美しい紫檀と象牙製。磨いた鋼の、鏡のようになめらかな刃とのコントラストも、美しいものです」

包丁の鞘さやも、こだわって、紫檀で作ってもらったそう。もちろん、美しいだけではなく、切れ味も最高なのがこれらの包丁だ。

「なんといっても、堺の伝説の包丁職人、池田辰男さんの作ですから。まるで、刀のような存在感を備えています」
吉武氏の包丁

Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています