オマージュ 荒井 昇 Noboru Arai

料理道、おいしさの追求

「やりたい!」と欲する強い気持ちに突き動かされて30余年、荒井昇シェフは自身が求める料理道を一直線に猛進してきた。生まれ育った浅草に開いたレストラン、オマージュでは今、そんな彼が料理の本質と向き合いつつ、思うままに腕をふるう、古典的にして独創的な料理の世界が紡がれている。

物心つく頃から料理好きな、根っからの料理人

「物心ついた頃から料理が好き。その流れで、将来は料理をやりたいなと思った」と言う荒井氏。言葉だけを聞くと、子どもらしい、ぼんやりとした夢のようだが、それは違う。中学を卒業するや、迷わず調理師専門学校に進んだのだから、相当固い決意あってのこと。「やりたいこと前に寄り道は不要」とばかりに、15の春、料理人への道をまっしぐらに突き進む人生を始動させたのだ。

では、なぜフランス料理だったのか。それは、学校でフランス料理を教えてくれた先生から、「うち(ピアジェ)で一緒にやらないか」と誘われたから。荒井氏のこういう真っすぐで素直なところが、良い縁と運を引き寄せるのかもしれない。もっとも最初から順風満帆とはいかない。むしろ苦難続きの厳しい船出だった。

「2年間はサービスをたたき込まれました。しんどかったことしか覚えていませんが、修業とはそういうものだと思って、懸命に励みました。とはいえ正直、早く魚をきれいにおろせるよう、肉を掃除できるようになりたい、もっともっとたくさんの技術を身につけたいと、気ばかり焦っていたことを覚えています。フランス帰りの先輩の仕事ぶりに触発されたのも、この頃のことです。でもやっと調理場に入れたと思ったら、その月に『1週間後に店を閉める』って言い渡されたんですよね」

折からのバブルの崩壊と飲食業界に吹き荒れたイタリアン・ブームのあおりを受けて、店が消えてしまうとは酷い……まだ10代の荒井氏は、別の店を経て、青森の十和田湖畔にあるリゾートホテルへ。「満席になると60人入る広いお店を、4人くらいで回さなくてはいけなかったので、それをスムーズに運ぶシステムや動き方がすごく勉強になった」と言う。
「オマージュ」荒井昇氏

チャンスを掴んだフランス行き

その後、胸の内でしだいに膨らんでいったのが「フランス行き」への思いだ。「一通り仕事ができるようになったし、そろそろ……」という気持ちが強くなった頃、チャンスが到来した。当時ミシュラン二つ星を獲得したばかりのオーベルジュのシェフ、レジス・マルコン氏がイベントで来日することになり、その厨房アシスタントの募集があったのだ。

「憧れのお店でしたから、迷わず応募し、スタッフになることができました。そして最終日、フランス語の辞書と格闘しながら『あなたのお店で働かせてください』と書いた手紙を渡したら、何とOKをもらえたのです。期間中、言葉を交わすこともなく、僕の存在も認識すらされていなかったと思うのですが、運が良かったというか……振り返ればマルコン氏との出会いは、料理人人生の中でも一番大きなトピックでしたね」

残念ながら家庭の事情で、1年ほどで帰国を余儀なくされたが、行ってよかったと心底思っているという。「これが本場だ、という抗いようもない世界で、フランスの空気にどっぷり浸かってがんばった、そのままのテンションで自分の店を持ちたかった」と言う荒井氏は、帰国して1年後、26歳の若さでオマージュをオープン。「築地でバイトをしながらお金をため、でも足りなくて、結局は父が土地を担保にお金を借りてくれて、やっとの思いで」自宅兼店舗にして一国一城の主あるじとなったわけだ。

数よりも高いクオリティーを提供するレストランへ

ところが最初は大苦戦。「おいしい」と話題の人気店になるには3年の歳月を要した。自分なりに古典料理を再現したり、新しい技術を試したり、試行錯誤の連続だったようだ。そして9年目の2009年、現在の場所に移転し、新たな一歩を踏み出した。

「ありがたいことに、昼夜70食に上る大盛況でした。ただ『このまま忙しさにかまけずに、自分のやりたいレストランの料理とは何かをちゃんと考え、追求していくべきではないか』という思いが芽生えました。そこへきて東日本大震災を境に客数が激減。それをチャンスと捉え、数よりも高いクオリティーを提供する店へと舵を切り直したのです」

その時に目標として掲げたのが「ミシュランの星の数」。18年には二つ星を獲得するに至っている。荒井氏に改めて「料理哲学は?」と問うと、「当たり前ですが、『おいしくつくる』の一言に尽きます」と一言。具体的には「これまで学んできたフランス料理を見直しつつ、自分のフィルターを通して感じる今の時代にフィットする〝味つけ〟を加えたい。言うなれば、温故知新的な感じですね」とのことだ。

また「今後は海外からのオファーに応え、レストランのプロデュースやイベントなどにも積極的に取り組みたい」考え。荒井氏にとってそれは「料理人人生における思い出づくり」なのだという。

  • オマージュのインテリア
    皮革製カバの椅子&ブックエンド。パパ・ママ・姉・妹と、荒井家のみんなの分身とか。家族思いの荒井氏らしいインテリアだ。
  • オマージュ・荒井氏が一目ぼれしたリナ・メナルディのお皿
    10年前のパリで一目ぼれしたイタリアの作家、リナ・メナルディのお皿。繊細なデザインとナチュラルな色合いがお気に入り。

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba