龍吟 山本 征治 Seiji Yamamoto

「日本料理の本物」とは

ある時期は最先端の調理技術を追求し、またある時期は医療の世界からインスピレーションを得た。そして今は、「日本の自然環境の豊かさを、料理によって表現する」ことを最優先する。龍吟・山本征治氏は常にエネルギッシュに、そして論理的に料理と向き合い続ける。

「真の本物」を体現させるために始めた日本料理の道

「日本料理なら、本物を作ることができる」。19歳の山本征治氏が、日本料理こそが我が進む道であると選んだ理由だ。フランス料理や中国料理という選択肢もあった。しかし、日本人である自分がもっとも本質を理解し、料理で「真の本物」を体現できるとしたら、日本料理しかない。

そんな思いを胸に修業を重ね、2003年、33歳で「龍吟」を六本木に独立開業した。以降、30代を通して、世界のさまざまな国の料理学会で発表を行い、スペイン料理の最新技術を日本料理に取り入れ、さらには鱧をCTスキャンして最適な骨切りの方法を編み出すなど、独自の技術や表現を日本料理と融合させてきた。

「料理にはこんな可能性がある」と世に示し、お客の強い支持を得るのみならず、日本料理はもちろん、ジャンルを超えた若手料理人たちに刺激と意識の変革をもたらしてきた。

ただし、「この頃は、自分らしさやクリエーティビティーにこだわりすぎていた」と、山本氏は振り返る。「でも、その段階は過ぎた」のだという。
龍吟・山本征治氏

料理人の個性の表現よりも、
食材そのもののすばらしさをたたえる料理へ

40歳を過ぎた頃から「日本料理の本物は、どこにあるのか」という問いが山本氏の心を占めるようになった。その疑問を明らかにするために「日本料理」を自分の中で再定義。「日本の自然環境の豊かさを、料理によって表現したもの」と結論づけた。

その結果、山本氏の料理は自分の個性の表現よりも、食材そのもののすばらしさをたたえるものへと大きな変化を遂げた。とはいえ、30代をかけて追求した技術や表現の厚みはしっかりと生きている。食材の力を最大限まで引き出す技術の精度、料理の完成度、インパクトは他の追随を許さない。そして料理に、食材や技術に対する圧倒的な思いからくる「熱」が備わっている。

龍吟は、2018年の8月、東京ミッドタウン日比谷の7階、ワンフロアを占める場所へと移転した。

「この場所から、日本のために、日本の自然の豊かさを伝える料理を全力で追求します」
龍吟・山本征治氏

伝統工芸品には細やかさ、気品、迫力がある

伝統工芸品は、料理と同じく日本の誇りだと話す山本氏。積極的に各地の作家のもとを訪ね、議論を重ねて特別あつらえの器を作っている。

器

このセイコ蟹の料理でも、蟹を盛り入れた錫の器、蟹の蒔絵を施した輪島塗の盆、江戸切子のドーム、いずれもデザインから意見を交わして作ってもらったものだそう。

「作家のもとを訪れるたびに、彼らの技術には心底感嘆します。例えば錫の器は、セイコ蟹から型を取り、そこから形を起こして作ったもの。蟹の細かい凹凸まで精緻に再現するこの技術、すばらしいと思いませんか? こうした仕事は、もっと広く知られるべきだと思うのです」

そもそも、日本人は日本の伝統工芸品を知らなすぎると話す山本氏。どうやって作られるのか? それ以前に、どんな種類のものがあるのか? 少なくとも龍吟で働くスタッフには、そうした伝統工芸品に関する基本的な知識は身につけてもらいたく、厨房の一角にあるモニターでは、さまざまな伝統工芸品を作る模様を撮影したドキュメンタリー映像を流しているのだ。

「そしてお客様には器から、作家さんたちの技、日本の伝統技術が作り上げる細やかさ、気品、迫力……そういったものを感じ取ってほしいと思っています」

Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています