ラチュレ 室田拓人 Takuto Murota

自然への敬意、未来への意思

「ラチュレ」のオーナーシェフ室田拓人氏の作る料理は、伝統を尊重しつつ現代的なキレも備えたフランス料理。なかでも高い評価と人気を得ているのがジビエ料理だ。そんな料理の追求と並行し、室田氏は自然環境を守る活動にも力を注ぐ。

フランスの伝統料理には、記憶に残る圧倒的な旨さがある

「ラチュレ」とは、フランス語の「ラルム(雫)」と「ナチュール(自然)」を組み合わせた室田拓人氏による造語で、「自然の雫」という意味。食材もワインも自然からの贈り物で、それらに含まれるみずみずしい雫―肉汁、血、野菜の水分、ワインなどあらゆる一滴は尊いもの。これらは私たちの生活の中に存在するが、現代の忙しい社会の中では見過ごされてしまっている。だからこそ、今一度、自然への感謝の気持ちを思い起こす必要がある―という室田氏の考えが反映されている。これが、ラチュレの根幹を成す思想の一つだ。

もう一つ同店の基盤を作っているのが、室田氏の伝統的なフランス料理文化への強い愛情だ。その理由を問うと、「どうでしょう……。個人的に好きなんです。私は『記憶に残る料理』を作りたい。フランスの伝統料理には、記憶に残る圧倒的な旨さがあります」という。

「レストラン タテル ヨシノ」吉野建氏のもとで学んだ“ジビエ”

室田氏のフランス料理の師は、「レストラン タテル ヨシノ」の吉野建氏である。吉野氏はクラシックかつ独創的な料理で知られている、日本のフランス料理界における重鎮。かつてはパリに自店を構えて、ミシュランの一つ星を獲得したレジェンドだ。その吉野氏のもとで、室田氏は伝統的なフランス料理を6年間にわたりしっかりと学んだ。

ちなみに、吉野氏はジビエ料理でも知られるシェフ。室田氏は修業中に他店では体験できないほどの多くのジビエをさばいた。

「その中で、真鴨でも鹿でもなんでも、ジビエは個体差が非常に大きいと実感しました。どこで何を食べてきたかで肉の味が変わる。また、撃たれた後の処理の良しあしも、質に非常に大きい影響を与える……そうしたことをもっと深く知りたいし、自分が望む質のジビエも手に入れたい。『ならば、自分で猟をしよう!』と、狩猟免許をとったのです」

実は室田氏は自ら銃をとるハンターでもあるのだ。そんな室田氏自身の店であるラチュレもまた、ジビエで知られる店となった。

「当初は『自分自身が好きな料理を出そう』と、クラシックをベースに、現代的な軽やかさもある料理で行こうと思っていたのです。その方向性は今も維持していますが、秋冬は必然的にジビエ料理が多くなった。そうしたら、お客さまもそれを期待して店に来てくださるように。夏は夏鹿もありますし、ほぼ通年でジビエを出す店となりました」

スコットランド産の雷鳥
ジビエ料理はラチュレの看板。お客の期待値がとりわけ高い。写真はスコットランド産の雷鳥。ジビエは室田氏自信が仕留めたもの、信頼するハンターから仕入れるもの、輸入品がそろう。

なお、室田氏はジビエの料理を追求しながら、日本各地の自治体が進めるジビエの有効活用にも積極的に取り組む。

「鹿や猪は年々生息数が増え、農作物を食べるなど農家の方々を困らせる存在となっています。なので駆除は必要ですが、その一方で命を無駄にしてはいけない。また、鹿や猪が増えたのは人間が山の自然を変えたからという説もあります。であるなら、せめて、殺した獣たちの肉をしっかりと食べるのが、人間にできることだと思っています」

そんな考えで、室田氏は定期的に小中高生に食育としてジビエの魅力を伝えている。

「大人はジビエは臭いというイメージを持っていますが、それは質や処理の悪いものを食べたから。なのでそんな先入観のない子供たちにおいしいジビエ、つまり適切に処理、調理したジビエを食べてもらいたい。そうしたら大人になってもジビエを食べてくれるでしょうし、となるとジビエは食材としてもっと広く浸透してくれるはずです」

ジビエが広がることは肉食の多様化、そして持続性にもつながる。ジビエは将来、“冬の風物詩”以上に重要な食材になり得るだろう。

ジビエの頭蓋骨のオブジェ
ラチュレがジビエ料理に力を入れていることをわかりやすく示すため、実際に料理に用いたジビエの頭蓋骨のオブジェをテーブルに置くことも。写真はアナグマのもの。

未来の魚食のあり方

室田氏は、日本の魚を乱獲や減少から守る運動にも携わっている。ヒラマサの品も、未来の魚食のあり方を提案するものだ。

たとえば今、サンマは年々獲と れなくなっている一方で、ヒラマサやブリは20年前に比べて倍ほど獲れている。

「つまりこれから先、獲れる魚はどんどん変わってくるのです。昔の常識で魚を選ぶのではなく、その時獲れる魚を使うのが真っ当なのでは」。魚の旬も変化している。

「ヒラマサは夏が旬と言われますが、晩秋の今もすごくおいしい。ならば、ということで使いました」

このように、「持続可能な食材を使う」と「食文化を変えていかねばならない」が、この料理に込められた室田氏のメッセージ。料理人は自然環境の現状を学び、常識をアップデートする必要がある、と強調する。

フランス料理の技術を使って、広い視野で今作るべき料理を作る室田氏。そこには自然に対する敬意と、よりよい食の未来への意思がある。

ラチュレ スマイル ボックス
2020年4月に緊急事態宣言が発令され、すぐに作ったという「ラチュレ スマイル ボックス」(2〜3人前、21,600円)。ラチュレのコースを家で楽しめる、豪華かつ充実した内容。
ラチュレの店内画像
白と茶色のシックな雰囲気の、落ち着いた店内。20席(個室あり)のこぢんまりとした規模で、すみずみまでスタッフの意識が行き渡る。カウンター席もあり、一人で訪れるお客も。

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata