プリズマ 斎藤 智史 Tomofumi Saito

今の自分を表現する料理を

青山の閑静な一角に、2011年にオープンした「プリズマ」。オーナーシェフの斎藤智史氏は料理を更新し続け、かつそこに自分が誠実に反映していることを徹底する料理人だ。11〜12品からなるコースを一人で調理し、表現を追求。そんな氏の料理と姿勢に共感するお客が集い、ゆったりとした時間を作っている。

自分の“最新形”を皿に反映する

東京・南青山の根津美術館の近く。静かな、そしてひときわ洗練された店が並ぶ一角に、斎藤智史氏のリストランテ「プリズマ」はある。広々と厨房まで見渡せる店内には、選び抜いた椅子とテーブル、年代物のスピーカーなどがバランスよく配される。すがすがしく、ほどよいぬくもりも備えた空間だ。料理は、研ぎ澄まされたシンプルさが特徴。

「スタッフは入れず、私一人で作っています」と、斎藤氏がすべてを手がけながらも、前菜からデザートまで11〜12品、特にデザートは季節によっては約10種から選べるという具合に内容を充実させる。食材の移り変わりにより料理内容は順次変化するが、いわゆる「シグニチャーメニュー」や「季節の定番」はない。あくまでも料理に向き合い続ける自分の“最新形”が皿に反映すべき、という考えを徹底する。

「今の自分を表現する」――こう語るシェフは少なくない。しかし実際は、どれほどのシェフが「自分」を「表現」できているか。「ほとんどが、コピペなのでは?」と斎藤氏。大量に流れる写真や情報にのまれ、自分と流行の区別がつかなくなる。
「プリズマ」斎藤智史氏

「世界中で、情報を材料に料理が作られている。そんな状況を毛嫌いしています」

では、料理は何を材料に作られるべきなのか?そう問うと、「人生じゃないですか?」との答え。

斎藤氏は、20世紀最高と評される女性バイオリニスト、イダ・ヘンデル氏の「自身の人生観が詰まった、誰の真似でもない演奏」を、表現の理想として挙げる。絶え間なく内省し、自らのあり方を表現につなげることでのみ、自分の人生を演奏に映すことができる。料理も同じだ。そして「スポーツの一戦必勝じゃないですが、今日の営業をとにかくきちんとやること。そのために他の時間をどう過ごすかがとても大事です」とも話す。

「プリズマ」は、そんな斎藤氏の頭の中が具現化したような存在だ。まさに、斎藤氏が自分と真正面から向き合い、時間をかけながら丁寧に作り上げてきた世界。お客はこの潔い空気と料理に心身を浸すことを楽しみに、繰り返し足を運ぶ。

イタリアでの修行

イタリアで修業をした「ダ・ヴィットリオ」からは、大きな影響を受けた斎藤氏。修業していた頃は、ベルガモの街中にある二つ星のリストランテ。家族経営の店で、モダンな料理を出しつつ、いい時代のイタリアのよさ、豊かさが残っていた。

「いずれ郊外に移り、そこで三つ星を目指す」と話していたというが、その後実際に自然豊かな広大な土地を購入し、そこに移転して、三つ星を獲得した。

「家族経営とはいえ、しっかりとした目標を持っている人たち。“イタリアいち働くレストラン”としても有名で、修業はかなり厳しいものでした。当時、日本からも修業に来ていた若者も多かったのですが、つらくてすぐに辞めてしまいました。私はとにかく技術を身に着けたかったので、割り切って働きました。数年前、久しぶりに夫婦で食事に行きましたが、ホールにグランドピアノがあって生演奏する優雅さ、大テーブルで繰り広げるドルチェの演出のセンスのよさ。やはり、圧倒されましたね。厨房もサービスも、私がいた20年前と同じメンバー。ものすごくよく働くチームでした。その皆で店を生き生きと保ち続けているのがうれしく、懐かしくもありました」

最高を作り続ける

プリズマの方向性を決めた言葉

「If you don’t know the best, don’t come here!(最高を知らない人は、ここに来るな)」。これは、お客で、美術家のドイツ人の方が来店したときに、店のパーティションに書いてくれた言葉だ。

「私にとっては、店の方向性の決め手となったくらい、大事なものです。私には、いわゆる師匠と呼べる存在がありません。誰かや何かを丸ごと信じて受け入れることが、私は性格的にできないのです。頼りになるのは自分自身の経験や、腹の底から納得した事実だけだと思っています。とはいえ、ふとこれでいいのかな、と思うこともありました。しかし美術家の方にこの言葉をいただいてからは、自分の作るものを信用できるようになったのです。また、この言葉は、店のお守りのような役割を果たしてくれているように感じます」

Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています