中華菜 膳楽房 榛澤 知弥 Tomoya Hanzawa

ディープな味を肩ひじ張らずに

近年、ひときわの充実を見せる東京の中国料理。「膳楽房」も、そうした中で存在感を見せる存在。気軽なたたずまいでありながら、素材や調味料使いは本格的でディープ。オーナーシェフの榛澤知弥氏が作り出す、ややマニアック、それでいて生き生きとした風味で食べやすい料理が人気を呼んでいる。

おいしさの裏付けを追求

オーナーシェフの榛澤知弥氏は、東京・幡ヶ谷にある知る人ぞ知る中華の名店「龍口酒家 チャイナハウス」で10年間働いてから独立した。もともと料理が好きで、大学卒業後は、アルバイトをしていた阿佐ヶ谷の名居酒屋にそのまま就職。その後、同店の常連客に教えてもらった「龍口酒家」に興味を持って食べに行き、一気に心奪われたのが、今に至る“ディープでありながら、素直においしい”というスタイルの中国料理との出合いだ。

「龍口酒家」は、同店のオーナーシェフである石橋幸氏の探究心がもたらす、他の店とは一線を画する料理で知られる店。そんな石橋氏の料理を、「10年を一つの節目として、しっかりと学ぶと決めました」と話す。こうして身につけたベースに、自分なりのエッセンスを加えたのが、現在の「膳楽房」の料理だ。

「日本で出版された、中国料理の古い本を見るのが好きです。陳建民さんを始めとする中国人料理人たちが主導して、戦後の日本で花開いた中国料理に惹かれるのです。この時期の料理が、今の日本における中国料理の礎になっているのですから、もっと深く知りたい」と、榛澤氏。また、オープン間もないころに合流したかつての同僚で、台湾人料理人の張振隆(チョウツェンロン)氏の影響も大きい。彼経由で知った台湾独自のハーブやスパイス、家庭料理の要素も、柔軟に取り入れられている。
「膳楽房」榛澤知弥氏

「“膳”は、食事という意味。その“楽房”つまり“ラボ”でありたい、という思いも店名に込めています」と榛澤氏。大学時代は理系で、応用化学を専攻していた氏は、「研究は嫌いじゃないんです」と笑う。あくまでもシンプルな料理を旨としながら、そのおいしさの裏付けを常に追求している榛澤氏。一見素朴に思える料理にも理論や哲学が貫かれている、その深さが個性となり、多くのお客を惹きつけている。

中国で開催したディープな宴席

榛澤氏が修業したのは、東京・幡ヶ谷の「龍口酒家 チャイナハウス」のみ。師匠は、オーナーシェフの石橋幸氏だ。「龍口酒家」は、マニアックな料理で知られている。たとえば素材では、鹿や猪はもちろん、ハクビシンやカエルなどのやや変わった品も人気。また、現地に倣って作られる自家製の漬物や保存食、中国でも少数民族しか使わないスパイスや調味料が、料理の風味付けに登場する。こうした料理に対する石橋氏の探究心は本当に強く、情熱的。かつ、ただ取り入れるだけではなく、きちんとおいしく仕立てる。

数年に一回石橋氏が中国で開く宴席にも参加。石橋氏の知り合いの、中国の特級調理師の中人が段取りしてくれるもので、「楊貴妃の宴席」、「高級食材に頼らない、山東料理の高級宴席」などお題があり、開催場所もさまざま。一日中食べ続ける、満漢全席スタイルだ。

特に強烈に心に残っているのが、腹に毒キノコを詰めた山羊の丸焼きが登場した宴席という。「山羊の丸焼き」、「毒キノコ」のインパクトに加え、火が入るとキノコは無毒になり、かつ薬効も得るという仕組みにもびっくり。「中国料理の奥深さを感じました」と話す。

自家製の加工品と調味料

「膳楽房」では、自家製でさまざまな保存食や加工品、調味料を作っている。そのままおつまみにしてもいいし、料理に使ってもいい。手作りならではの豊かな味わい、フレッシュな風味が魅力だ。また、キャベツを乳酸発酵させた漬物も、料理によく活用している。

「はっきりとした酸味がアクセントになり、重宝しているアイテムです。豆板醤や甜麺醤も自家製しています。と言っても、ゼロから作るのではなく、豆板醤なら市販の気に入りの銘柄に、唐辛子粉などを練り合わせ、蓮の葉で包んでなじませながら熟成する、という具合。自分の好きな味に調整して使っています」

また、「木姜油(ムージャンユ)」もお気に入りだという。これはレモングラスのような清涼感を持つ、「山蒼子(さんそうし)」という植物の実の風味を油に移したもの。シンプルな仕立てだが、香りがとても印象的な料理を実現してくれる。
「膳楽房」自家製調味料

Photo Haruko Amagata
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています