銀座 小十 奥田 透 Toru Okuda

自然が宿す“本物”を求めて

銀座に店を構えて約15年、変わらず第一線で活躍し続ける奥田透氏。常に最上の食材、理にかなう技術、そして「本物の日本料理」を追求し、発信する。その料理は静かな迫力に満ち、まさに日本料理の特徴を浮き彫りにした佇まいだ。

最上の食材を手に入れることに情熱を傾ける

地元静岡での独立開業を経て、奥田透氏が銀座に店を構えたのが2003年。2012年には細部まで和の粋を尽くした空間の現在の店に移転。2013年にはパリに、2017年にはニューヨークにも店を開くなど、奥田氏自身が「本物」と納得できる日本料理を世界に伝えることにも力を注ぐ。

そんな奥田氏がひときわ情熱を傾けているのが、最上の食材を手に入れること。料理人、特に日本料理の料理人で食材にこだわりを見せない人はいないだろうが、奥田氏の「最上の食材を引きつける力」は尋常ではない。今回煮物椀に用いたクエは、36㎏もの大きさ。「10 ㎏でも十分にいい。でも20㎏を超えたら別世界。30㎏以上となると化け物(笑)。迫力が全然違います」と話す。ウナギも、1.5㎏を超す天然の大ウナギ。10万尾に1〜2尾しかいない希少な食材だ。

奥田氏の作ったクエのお椀はこちら
奥田氏の作ったウナギの料理はこちら
「銀座 小十」奥田透

技術に対する奥田氏の冴えや集中力もまた際立っている。切る技術、炭火で焼く技術、出汁をとる技術といった日本料理を特徴づけている技術には、とりわけ緻密な試行錯誤を重ね、納得できる解を導き出す。それでいて、進化の探究を緩めることがない。

「攻めすぎない」こと。それが本物の日本料理

「でもこの2年ほど前から、技術で全部征服してしまったら、天然の最上の食材だけが持つ大事な部分が損なわれるのでは、と考えるようになりました。天然の食材は、“人が食べる用”にできていません。例えばクエやウナギといった超級の食材は、命の危機を何度もくぐり抜けながら大きく、強く育ってきたはず。それを、ただ食べやすく作り変えるというのは、どうかと思うのです」

では人間はどう処理すべきか。

「ある程度の技術があれば、どんな迫力ある食材も、思い通りに組み伏せることができるでしょう。でも、それは料理の目的ではないはず」

日本料理は食材に寄り添うことを重視し、例えばフランス料理のように、人の意思を優先するものではない。それでも、いっそう、「攻めすぎない」ことを心がける。

「その加減が決まった料理が、本物の、最上の日本料理なのだと思います」

包丁は「次なる一本」をいつも探していたい

「銀座 小十」奥田透氏の包丁

「包丁は好きで、ついつい買ってしまいます」と奥田氏。並べてあるのが、今「一軍」として使っているもの。ふぐ引きが2本、柳刃が11本。加えて直し中の柳刃が2本ある。

包丁に特にのめり込むようになったのは、修業中に『尺二』(一尺二寸、36㎝の柳刃)の世界を知ったのがきっかけ。扱うのが難しい包丁だが、『切る』というのは究極の技術。尺二を自在に操り、切って食材の味を変えてこそ、本物の料理人であるということを教えてもらったと奥田氏は話す。

「いい包丁を見ると、自分の技量より包丁の品格の方が上か下か、わかるものです。なので私は『今年の自分はこれで行こう』と、新年にその年に使う包丁を2本選びます。包丁は『次なる一本』を常に探していたい。それが自分の技量、精神の成長につながると思っています」

自然木で囲まれた食事空間

小十の店内は全て自然の素材だ。檜のカウンターのほか、廊下の天井は竹網代、座敷のテーブルには四国杉の無垢材の板を使用。壁は土壁、廊下の床は石。ビルの中だが、庭のスペースもある。

「日本料理を食べる環境として、どのような空間が一番贅沢だろう? と考えたところ、日本に自然にあるものを使って作った空間になるのでは、と思ったのです。自然に囲まれながら食事するような場が、お客さまに最も喜んでいただけるだろう、と。日中はコンクリートと人工素材に囲まれた環境で働いている都会の人は、なおさら自然の環境を求めている。人間も動物ですから、自然の中にいる時が最もリラックスするはずなのです。さいわい日本には、木や竹をふんだんに使い、その姿をじかに見せて部屋を作る数寄屋の技術があります。そうした技術を使い、そしてカウンターには最も力にあふれた木材を使おう、と決めたのです」

本物の木が持つ生命力を敬う

日本料理店やすし店では、なぜ白木のカウンターを重視するのか? 奥田氏は「白木の木材は生きていて、生命力があるから」だと言う。

「日本料理店でもすし店でも、生の魚を切り、すぐにお出しします。新鮮な生の魚は、非常に生き生きとしていて生命力がある。この魚を受け止めるのに最も適しているのが、同様に生命力を発する白木のカウンターなのです」

なお、小十のカウンターの内側にはまな板が3枚並ぶ。中央の奥田氏が使うまな板は、カウンターと同じ木で作った。実に、樹齢500年の木を使っているまな板だ。

「日本料理では新鮮な魚を、極限まで切れ味を高めた包丁で切ります。長い包丁でスーッと一息に切りますが、ここに、料理人は精神を込めます。その際、まな板が何であってもいいというわけはない。清潔な白木のまな板を使うのが理想です」

また、「お客さまがついカウンターをなでるのは、そこに自然な生命力を感じているからだと思います。お客さまは、カウンターをとても大切に扱ってくださいます。生命が宿っているものを、人は自然と大切にするものです」と奥田氏。

中身が詰まった無垢の檜材。表面は白木で、木の温もりをじかに伝える。檜の一枚板のカウンターは、日本料理の料理人なら誰もが憧れる存在だ。奥田氏も、修業時代から檜のカウンターには強い思い入れを抱いていたという。

「やはり、清潔感、高級感がありますからね。外国人から見ると『切っただけの木がなぜ高級なのだ?』、『何かを塗ったり、彫刻をしたほうが高級だろう』と思うかもしれない。しかしパリの店でも、この銀座に来てくださる外国人のお客さまも、このカウンターから生命力や精神性を感じてくださる。私だって、このカウンターが宿している500年もの時間を前にしたら『負けた!』と思いますから。本物の木に接すると、人はホッとしながらも、どこか木を敬う気持ちになる。木にはそのような力があるのです」

  • 「銀座 小十」店内画像
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  • 「銀座 小十」店内画像
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Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています