「ル・マンジュ・トゥー」谷昇氏が今、熱中しているのが、クラシックをシンプルに再構築した引き算の料理だ。飾らず、奇をてらうことなく、なおかつ圧倒的な存在感を放つ料理は、まさに熟練の極みといえるだろう。
求めているのは、染み入るようなおいしさ
フランスに昔からある血のソースの鴨料理。だが、宮城県の熟練猟師から届いた極上の鴨を前に、「もっと鴨を生かせるソースはないか」と「ル・マンジュ・トゥー」谷昇氏は考えた。
そこで、鴨の骨や内臓、血という材料はそのままに、ベースを作ってから血を加えるところを、最初からすべてを入れる手順に変えた。すると、血のたんぱく質がアクを吸ってきれいに澄み、エッセンスである鉄分の風味が強いソースができた。こうした革命が日々起きているのが「ル・マンジュ・トゥー」の厨房だ。
「見た目はわかりにくいですし、あえて説明はしません。求めているのは、染み入るようなおいしさ。それを考えていると、一日がすぐ終わります」(谷氏)
クラシックな料理をもっとシンプルに
今のテーマは「クラシックな料理をもっとシンプルに変えられないか」ということだと谷氏。伝統的なフランス料理を分解して、本質的なところだけをピックアップして、よりシンプルな形にしたい。そうすることで、材料を替えなくても、すごく新しいものができるのだと話す。
「その意味で、クラシックなフランス料理には、まだまだ追求すべき隙間がたくさんあります。反対に、それをやらずして、次にいってしまっていいのか、という疑念が強いです。最近のフランス料理はきれいです。でも正直、きれいなだけでは格好いいと思えない。僕が思うフランス料理は、仕込みがすべて。そして、きちんと仕込みされた料理は格好いいのです」(谷氏)
やればやるほど、昔の人はすごいな、と思うという谷氏。「もうあと数年で70歳ですから、終わりが見えてきて、余計にそう感じるのかもしれません」と言う。
昔からあるものを、もうこれ以上何も取り去れないというところまで引き算して、シンプルに。考えたことと、料理がピタッと一致した時が何より楽しいそう。それを実現するために、今も24時間、常に料理のことを考えている。
「毎日、店に泊まり込んで仕事して、いい年してバカだな、とも思うのですが、考えだすと楽しくてやめられないんです(笑)」(谷氏)