ル・マンジュ・トゥー 谷 昇 クラシックをシンプルに再構築した引き算の料理

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「ル・マンジュ・トゥー」谷昇氏が今、熱中しているのが、クラシックをシンプルに再構築した引き算の料理だ。飾らず、奇をてらうことなく、なおかつ圧倒的な存在感を放つ料理は、まさに熟練の極みといえるだろう。

求めているのは、染み入るようなおいしさ

血のソースの鴨料理
鴨の血のソース。宮城県の青首鴨を、鴨の骨、内臓、血を半日間煮詰めたソースとともに丸ごと味わう。クラシック料理を再構築して生まれた、深く、重たさのないソースが秀逸。

フランスに昔からある血のソースの鴨料理。だが、宮城県の熟練猟師から届いた極上の鴨を前に、「もっと鴨を生かせるソースはないか」と「ル・マンジュ・トゥー」谷昇氏は考えた。

そこで、鴨の骨や内臓、血という材料はそのままに、ベースを作ってから血を加えるところを、最初からすべてを入れる手順に変えた。すると、血のたんぱく質がアクを吸ってきれいに澄み、エッセンスである鉄分の風味が強いソースができた。こうした革命が日々起きているのが「ル・マンジュ・トゥー」の厨房だ。

「見た目はわかりにくいですし、あえて説明はしません。求めているのは、染み入るようなおいしさ。それを考えていると、一日がすぐ終わります」(谷氏)

クラシックな料理をもっとシンプルに

豚のすね肉のロースト
アルザスの伝統料理、豚のすね肉のロースト。豚のすね肉を塩漬けにし、白ワインで煮た後、350℃のオーブンで焼く。パリパリの皮とゼラチン質が、染み入るような豚の本当の旨みを教えてくれる。付け合わせのジャガイモもぴったり。

今のテーマは「クラシックな料理をもっとシンプルに変えられないか」ということだと谷氏。伝統的なフランス料理を分解して、本質的なところだけをピックアップして、よりシンプルな形にしたい。そうすることで、材料を替えなくても、すごく新しいものができるのだと話す。

「その意味で、クラシックなフランス料理には、まだまだ追求すべき隙間がたくさんあります。反対に、それをやらずして、次にいってしまっていいのか、という疑念が強いです。最近のフランス料理はきれいです。でも正直、きれいなだけでは格好いいと思えない。僕が思うフランス料理は、仕込みがすべて。そして、きちんと仕込みされた料理は格好いいのです」(谷氏)


やればやるほど、昔の人はすごいな、と思うという谷氏。「もうあと数年で70歳ですから、終わりが見えてきて、余計にそう感じるのかもしれません」と言う。

昔からあるものを、もうこれ以上何も取り去れないというところまで引き算して、シンプルに。考えたことと、料理がピタッと一致した時が何より楽しいそう。それを実現するために、今も24時間、常に料理のことを考えている。

「毎日、店に泊まり込んで仕事して、いい年してバカだな、とも思うのですが、考えだすと楽しくてやめられないんです(笑)」(谷氏)

谷 昇

ル・マンジュ・トゥー 谷 昇

Noboru Tani
1952年東京都生まれ。服部栄養専門学校在学中から「イル・ド・フランス」で働き、卒業後就職。76年と89年の2度にわたり渡仏し、「クロコディル」と「シリンガー」で経験を積む。帰国後、「オー・シザーブル」と「サバス」のシェフを務め、94年に「ル・マンジュ・トゥー」をオープン。2006年に改装。12年、辻静雄食文化賞専門技術者賞受賞。
このシェフについて