「丹波でしかとれない」食材の異な味わい。数々の出合いは、元麻布「かんだ」の店主神田裕行氏の心象風景の中にどんな「特別な一皿」を描き出したのだろう。今回、神田氏に選り抜きの素材をふんだんに使った「丹波一閃料理」を披露してもらった。
神田裕行さんと丹波を探る旅「歓喜の天地、丹波」の記事はこちら
丹波の大地をいただく
「小豆栽培を営む柳田隆雄さんの丹波黒さや大納言小豆は、まさに丹波の春日町東中というごくごく限られた地域でしか育たない。丹波の土の象徴だと思いました。そこから生まれたのが小豆ご飯です。帰りがけに車窓越しに菜の花畑を見た時、『そうだ、土の上に豊かな緑が広がり、その土を掘り起こすと中から丹波の清らかな川の水や伏流水を吸って育つ作物が出てくる、そんな一品を作ろう』と閃きました。お米はもちろん、丹波ひかみ米・ミルキークイーンです」
鍋の蓋を開けた瞬間に、湯気とともに立ち昇る菜の花の香りが、朝霧が厚くたれこめる丹波の豊穣を彷彿とする。そして、しゃもじを入れると、小豆ご飯が力強い存在感とともに迫り上がる。そのほのかに甘い味わいとふっくら柔らかな食感に、丹波の土の恵みが凝縮されているように感じる。
「丹波の大地」と名づけたくなる逸品である。
主役になり脇役になりながら、丹波の味を盛り上げる山菜
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牛肉と筍のしゃぶしゃぶ。菜の花、コゴミ、山うど、ワラビ、花山椒……緑のグラデーションが美しいお鍋に、筍の淡黄色と牛肉の赤が映える。出汁のあっさりした味わいとともに、土が育む命の恵みの力強さを感じる。花冷えの頃に食べたい一品だ。
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蛤のお椀。具は筍と大根とセリ。白味噌と酒粕を溶いた蛤のスープに心温まる。神田さんのお椀には、中国の古典『菜根譚』にある「真味只是淡」―真の味わいはさらりと淡白なものであるという哲学が生きている。
野趣あふれる“猟師料理”
もう一つ、丹波で忘れてならないのは、山に棲む極上の猪たちだ。
「丹波はフランスのワインのように、テロワール(地域固有の作物が育つ環境)を生かした農業をしていると実感しました。ただ残念なのは、丹波の山がすっかり植林されていて、雑木林が消えつつあることです。猪や鹿の肉、いろんな作物の質が落ちないかと心配です。でも今ならまだ、丹波本来の自然を取り戻せるはず。がんばって欲しいと思います。機会を見つけて今度は秋、松茸や栗の季節に行きたいですね」
日本料理 かんだ 神田 裕行
Hiroyuki Kanda
1963年徳島県生まれ。大阪の日本料理店で4年半の修業後、86年にパリの板前割烹「TOMO」の料理長として渡仏。91年に帰国し、小山裕久氏が料理長を務める徳島の料亭「青柳」へ。赤坂の日本料理「basara」の料理長を務めるなど青柳グループの東京進出に尽力。2004年東京・元麻布に日本料理店「かんだ」をオープン。07年から『ミシュランガイド東京』で三つ星の評価を得ている。
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