丹波・松茸山物語

丹波はフランス・ブルゴーニュにどこか似ている。そんな話を何度か耳にした。共通するのは、地形による深い霧が発生することと、昼夜の寒暖の差、そして何千年もの間、おいしい最高級のものを産出し続けてきた豊かな土があることだ。確かに丹波のおいしいものを挙げると、松茸、猪、栗、小豆、筍……とキリがない。しかも、いまだにこんなに大きな松茸が採れるのだから、“土の力”がある証拠だ。ロマネコンティを産するブルゴーニュに似ているのか。兵庫県丹波市春日町を訪れた。

丹波・松茸山の今

松茸の季節がやってきた。この時を待ちに待って、名産地・丹波(兵庫県丹波市春日町)の“松茸採り名人”を訪ねた。

丹波では毎年、9月中旬から11月14日まで、松茸山関係者以外の入山を禁じている。この期間を地元では「松茸止め山」と呼び、入山禁止を解く解禁日(例年11月15日)は地域の申し合わせによって決められる。

松茸
10年前に一度見たきりの大きさだという特大の丹波松茸。かさの直径22㎝、長さ11㎝、重さ480ℊの スゴイ松茸である。ずっと残る“重たい香り”があり、 丹波産であることを証明している。

「あの山の中腹を見てください。一面が茶色くなってるでしょう。あれは赤松が“松枯れ”してしまってるんです。1本やられてしまうと、周辺の松も次々と松くい虫にやられてしまう。枯れてもまた松は生えてくるのですが、なんでか20年くらい経ってようやく成木になったと思うと、また松くい虫にやられるんですよ。こうやって、松林がどんどんなくなっている。あっちの山はもう再生しないでしょうね。

この松枯れに加えて、今年は例年の2割程度しか松茸が出ないという異常な状況です。恐らく10月になっても夏日(高温)と晴天が続いたので、丹波の松茸にとって過酷な気象条件となったのでしょう」

こう語るのは、この地で30年以上、丹波の松茸を採っている名人・細見和正さんだ。

  • 夫婦
    「地下足袋が一番」と二人おそろいのスタイルで山に入る細見さん夫妻。松茸だけでなく、珍しいきのこがいろいろ採れ、特にクロカワやショウゲンジが好きで、自宅でよく食べるそうだ。庭先には大きな百目柿が鈴なりに。
  • 山
    かなりの斜面でも、細見さんの身のこなしは俊敏だ。知り尽くした松茸山をどんどん歩き、。下から上へと松茸を探していく。松茸が鹿に食べられないように、松茸がよく生える場所には、こうしてネットを張って囲っておく。

「丹波には昔から“丹波霧”という密度が濃い霧が発生していました。この霧は、農作物を“おいしくする”といわれるほどいい影響を与えていたようです。かつては、この丹波霧が午前11時ごろまで晴れず、その後、晴天の日が続いても、植物は霧から水分を得ることができました。ところが近年、この霧が午前8時には晴れてしまうのです。雨が降らずに晴天が続けば、植物はたちまち日焼けして、水分が飛んでしまいます。松茸はこの“丹波霧”が少なくなった影響をモロに受けているんだと考えています。これは地球温暖化による気象状況の変化が大きく影響していると思います。

もう一つ、ここらの松の性質が弱くなっているのも事実です。寒さにさらされて強く育った昔の松は、たとえ松くい虫が入ってきても、自分の松ヤニで撃退していたという説を信じています。それが温暖化したことで、昔ほど寒くない。だから松自体が“ヒヨワ”になってるんですね。大工さんが今の松は、『松ヤニが少なくなった』とぼやくほどですから」

そもそも“松枯れ”は、通称「松くい虫」である「マツノザイセンチュウ」という体長1㎜にも満たない線虫が松の樹体内に入ることで引き起こされる伝染病だ。もともと日本にはいない線虫で、北アメリカから持ち込まれた侵入生物であるため、被害に遭うと撃退するには大掛かりな作業になってしまう。地域で管理している松林の場合、なかなか完全駆除は難しいという。

松茸黄金期

 丹波では「松茸止め山」の期間中、山に入る権利を得るには、入札をしなければならない。細見さんの妻・敦子さんが「いい時代」だったと振り返る“黄金期”は、ひと山の落札金額が400万円を超えた山も、現在はその20分の1程度だという。
「私が細見家に嫁いで来た頃、松茸の全盛期だったんです。シーズンになると、4畳分の畳を上げた板間が全て松茸で埋め尽くされていました。その松茸を出荷するのに使う2㎏用と4㎏用の箱を、職人さんたちが朝から晩まで作り続けていたのが印象的でしたね。当時は、山からリヤカーで松茸が運ばれてきて、毎日、気が遠くなるほどの量をどんどん出荷していました。もうてんてこ舞い。その頃、主人は会社勤めをしていたので、松茸に関すること全てを舅から教わりました。

松茸
松茸が採れると、「ウラジロ」というシダの葉を取って、かごに敷く。松茸の乾燥防止にもなる。

全盛期が終わり、家族だけで松茸を採るようになった昭和58年ごろからは、私も舅と一緒に山に入りました。採れなくなったといってもまだ、前に抱えて後ろにしょって一度に34㎏も、まだまだ素人だった私が採ったんですよ」

この数字が敦子さんの採った最高記録だそうだ。軽い松茸が34 ㎏とは想像がつかないが、数歩歩けば、松茸が見つかったのだろう。

細見さんが退職した今、山に入る時はいつも二人一緒。それは、鹿や熊が増えて、一人だと危険だし、昔よりも高い場所まで上がらないと、なかなか松茸の顔を見ることはできないからだ。

今回、細見さん夫妻の松茸採りに同行させてもらった。「高い山ではない」と聞いていたのだが、その斜面はかなり急。そこを御年73歳と69歳の二人は、息を切らすことなく、どんどん登って行く。その身のこなしに驚きながらも、自分の足元を確保しながら、付いていくだけで精いっぱい。とうてい松茸など探せない状況だ。

「ここから向こうが、今年、松茸が採れる場所です。鹿の被害を防ぐために、ネットを張っていますから、分かりやすいでしょう。さあさあ、ご自由にどうぞ」

と丹波で松茸採りをさせてもらったのだが、素人では全くどこに生えているのか検討もつかない。風の通り道だったり、小川からの距離だったりと微妙な環境に左右されるという。とにかく山を下から登って、上を見ながらの方が探せるらしい。

  • 松茸
    松茸が生えている場所の周辺の土を掘ると、シロ(松茸菌の菌糸の固まり)が出てくる。これが松茸山の“土”の特徴だ。
  • 山
    丹波市春日町の松茸山を望んで。ただの“田舎”のようだが、その地形や雰囲気はブルゴーニュに似ているとか。

10 年ぶりの特選もの

 実は、10月いっぱい「こんな凶作の年は初めて」と細見さんが頭を抱えるほど、丹波では松茸が採れなかった。それが、11月に入って「10年に一度の特選ものが採れました!」と連絡が入った。そして、送ってくれた松茸を見てビックリ。とにかく大きい。松茸のかさは直径22㎝、長さ11㎝、重さ480ℊの巨大松茸。まだまだ丹波の山には、“松茸力”があることを思い知らされた。

「気掛かりなのは、最後の最後に松茸が出る場所でまだ顔を見ていないこと。恐らくここには14日を過ぎてから松茸が出るから、これは鹿のものですね」

と笑う細見さん。丹波の松茸山、来年も期待できそうだ。