大地に薬はゼロを目指す エモー牛
牛肉に対する考え方が大きく変化している。個人ブランドの台頭、褐色(あかげ)和牛の復権など消費者の意識の変化に合わせ、旨さと安心、安全を追求する生産者が増えてきた。全国和牛能力共進会(和牛のオリンピック)で2連覇をしている宮崎県には、確固たる信念を持ち個人ブランドとして東京へ、世界へと勝負に出ている生産者も多い。
今回は西都市で50数年の歴史を誇る有田牧場を訪ねた。
有田牧場こだわりのエモー牛
有田牧場を訪れると、ちょうど重機を使って牛の飼料を混ぜ合わせているところだった。通常、飼料の配合は、専門の業者が行うが、ここではスタッフが農水大臣認定の飼料製造管理者の資格をとって、本当の意味での「自家配合」をしている。その理由は、混ぜ合わせる穀物の一部をとって確認し、人間が食べられるものを牛に与えているからだ。中身は、トウモロコシや麦など10種類の穀物と、4種類の自家栽培の牧草だ。
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原料の一つ、トウモロコシの粉。混ぜ合わせる前に安全を確認する。
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餌の原料となる自家栽培の草。もちろん、無農薬で育てられている。
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重機で原料を混ぜる。ここまでする農家はなかなかない。
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混ぜている途中の状態。さまざまな原料がバランスよく含まれる。
現在の社長は、自らを「幼い頃から牛に育てられたような人間」と話す、2代目の有田米増さん。初代の有田哲雄さんとともに、「大地に薬はゼロを目指す」(Earth Medicine 0)の信念のもと、牛にも餌にも水にも薬を使わず、丹精込めて育てた黒毛和牛をその頭文字をとって「EMO(エモー)牛」と名付けて販売している。
ここまでこだわる背景には、実は過去の失敗がある。初代の哲雄さんの時代、通常の農家と同様に、牛の体調管理のために抗生物質を使っていた。しかし、薬で治せるのは一時的な症状だけ。ある日、取引先の店のバイヤーに「肉がまずくなった」と言われ、衝撃を受けたという。
「それから、父が薬を一切使わずに、牛を育てると決めました。健康な牛の肉が、一番おいしいはずだという信念があったのです。しかし、薬を使わないことで牛の半数近くが死に、経営的にも苦しい状況が続きました。スタッフからも『もうやめましょう』と言われましたが、頑固者の父は聞かずに、牛を健康にする方法を模索し続けたのです」
そして、数年かけてようやく確立した肥育方法で育てられたのがエモー牛だ。餌の自家配合はもちろん、牛に脂肪をつけさせるために日陰で肥育するのが一般的なのに対し、1日約2時間、舎内に日が入る明るい牛舎で育てている。そうすることで、牛の皮膚を通して食べた飼料に光合成産物が溶け込み、肉に香りや旨みが出るという。水は、100メートルも掘り、近隣の尾鈴山のおいしい地下水を与えている。
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牛舎は全部で5カ所。全てを管理するには人づくりも重要だ。
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日の入る明るい牛舎。日光を浴びて運動することで健康な牛になる。
「肉の味は飛躍的に変わりました。ある人には、『有田の牛はげっぷが旨いね』と言われたんです。食べておいしいだけじゃなくて、のみ込んで深呼吸して、それから上がってくる香りが旨い肉であってこそ、次にまた食べたいと思うものです」
有田牧場で肥育する6000頭は、全てエモー牛となる。そして、薬を使わずにここで育ったエモー母牛から繁殖させたプレミアムエモー牛は、月に3〜5頭のみだという。出荷前の1年間、薬を使わないという条件に加え、有田さんが本当においしいと思う肉だけがエモー牛として売り出される。残りは宮崎牛として出荷されるが、その基準が面白い。
「僕が本当においしいと思うのは、赤身がおいしくて、毎日食べたいと思えるA3くらいの肉。宮崎牛の定義はA4かA5ですが、うちでもちょっと失敗するとA5の肉ができちゃう(笑)。そういうものは、もちろん宮崎牛として出荷しています」
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枝肉から脱骨して各部位に切り分ける。加工にも力を入れている。
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冷蔵庫につり下げられた枝肉。A3がエモー牛にふさわしいという。
Photo Satoru Seki Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』2016年3月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています