和華蘭 長崎~多様性の魅力~

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「長崎の文化は?」という問いにたいする答えは「わからん」——。
訪れてみないと分からない、多彩な魅力を秘めているということだ。
「わからん」とは実は「和華蘭」との掛詞。海外との長い交流の歴史の中で、日本(和)と中国(華)と西洋(蘭)の文化が、町並みや祭り、食や暮らしに溶け込み、特異な文化圏を形成してきたことを意味する。その「和華蘭ながさき」の多彩な魅力を探ってみたい。

水産王国・長崎が誇る海の幸

キンメダイ
“赤もの”の代表ともいえる、定番高級魚のキンメダイ。ここまで色が濃いのは、新鮮な証拠だ。刺し身でも、煮つけでもおいしい。主に京都・大阪方面へ出荷される。

海岸線総延長4184km——北海道に次ぐ長い海岸線を持つ長崎県は、全国第2位の生産高を誇る“水産県”である。しかも、県の面積の4割を占める離島に加え、半島や岬が多い複雑な地形が湾や入江をいくつも形成し、対馬暖流の影響がある海は、とにかく多種多様な魚が生息している。

また、長崎には平地が少ないことも、魚にとっては好条件だ。それは、森の土壌成分が、山から川、そして海へと流れ込み、魚のエサとなるプランクトンを増やしている。こうした複雑な地形と複雑な海流とでつくられた環境は、魚にとってかっこうの“すみか”となり、長崎の海は“お魚天国”となっているのだ。

ここで長崎で聞いた、長崎県の人が “魚通”であるエピソードを紹介しよう。それは、「魚は刺し身で食べるのが当たり前」であるうえ、長崎の人は、近海で取れるいろいろな魚のうまさを知っている。だから、世界中から注目を集めるマグロでも“特別感”を抱くことはないそうだ。これは、ずっと昔から四季折々の新鮮な魚を食べることができたからこその、ぜいたくな話である。

魚に関して特に舌が肥えている長崎県人の食生活を支えているのが、新長崎漁港にある長崎魚市場である。ここには県内各地から、魚介が集まってくる。毎朝、5時から近海物の魚から競りにかけられ、底曳網漁のものも水揚げされて魚が多い時は、3時間以上も競りが続く。その後はまき網漁の魚、サバやアジなど“青もの”の競りが再び始まる。

新長崎漁港
日本一の規模を誇る新長崎漁港は、午前4時ごろから近海漁の小型漁船が続々と入港し、港がにわかに活気づく。5時になると魚市場では、威勢のいい掛け声とともにタイやイサキ、イトヨリなど近海物の競りが始まる。

市場を訪ねた5月下旬、前日は海が荒れて漁に出た人が少なく、魚がほとんど揚がっていないという状況。それでも、今まで見たことのないようなきれいな色のキンメダイ、ピンクと黄色のラインが美しいイトヨリ、見た目がユーモラスで白身が最高のカサゴ、金色に輝いているようなキアラなど、高級魚ばかりが水揚げされていた。聞けば、こうした高級魚の多くは、京都の料亭へ運ばれるらしい。この時期、京都祗園で食べられるハモは“長崎産”である可能性が高いとか。

新長崎漁港
買った魚をJF長崎漁連の職員が立て替え(箱詰め)する。発泡スチロールに氷を詰めたり、水氷にしたりと、取引先の好みに合わせて梱包。魚が多い時は夕方までこの作業に追われる。

新長崎漁港は日本一の規模を誇り、水産物の水揚げから流通、加工までの一貫した機能を持つ巨大施設だ。この日本一の漁港を支えているのが、JF長崎漁連である。

各県にある漁連だが、他県とは異なりその仕事は多岐にわたる。実際に入札権を持つ仲買人となり、競りにも参加。競りにはかけない五島方面の魚も漁師から受託されたり、買い付けし、それを各地の市場などへと出荷している。ほかにも地魚を加工する加工事業、養殖魚や天然魚を活魚のまま消費者へ直接販売、市場で使う氷を作る製氷冷凍事業、燃油や資材を安定供給する購買事業、漁師の生活向上のための指導振興など、海と魚に関する全てのことを取り仕切っている。

新長崎漁港
競り人との掛け合いで素早く目的のモノを競り落とした仲買人は、鮮魚を次々と運び出す。新長崎漁港周辺には、各社の加工場や、配送所が並び、場外市場も併設されている。

新長崎漁港の日本一の規模、取れる魚種の多さ、そしてJF長崎漁連の多岐にわたる事業を目の当たりにして、長崎の魚に懸ける情熱に感じ入った。

  • キビナゴ
    九州地方ではよく食べられているキビナゴ。手開きで刺し身にし、円形に並べたものを九州の郷土料理としてよく見かける。対馬暖流に面している長崎でもまとまった漁獲がある。
  • イセエビ
    五島灘周辺が産地となっているイセエビは、全国トップクラスの漁獲高。1kgを超える大型のものも珍しくないので、刺し身で味わうのが定番だ。毎年9月には各地で祭りを開催する。

和牛の大会で日本一を獲得

長崎和牛
近年、人気を集める「長崎和牛」のリブロースのブロック。肉本来のうまみがある赤身と、オレイン酸を多く含んだ良質の脂身のバランスが良く、柔らかな食感で、脂の口溶けがいいのが特徴だ。肉の香りとうまみをしっかり感じる味わい。生産者はJAながさき県央の長與和則さん。撮影協力/JAながさき県央Aコープ西諫早店

昨年、10月に長崎・佐世保のハウステンボスで、第10回全国和牛能力共進会が開催された。これは5年に1度の「和牛のオリンピック」ともいわれる品評会だ。現在は押しも押されもせぬブランド牛となっている宮崎牛や飛騨牛が、過去何度も日本一となり、その名を全国に広めた。

長崎県は地元開催となったこの大会の第8区(若雄後代検定牛群)で、見事“日本一”に輝いた。そのほか全ての部門でも“優等賞”を獲得し、特に肉牛の部では、渡部英二さん(長崎市)、喜々津 昭さん(東彼杵町)、古川繁信さん(島原市)の3名の出品牛が、最高位にあたる内閣総理大臣賞を受賞する快挙を成し遂げたのだ。

長崎県での牛の歴史は古く、壱岐(原の辻)や五島(大浜)の貝塚から約2200年前の和牛の骨が発見されていることから、“源流の地”と考えられている。現在、壱岐、五島、平戸など中心に県内各地で約8万5000頭の肉用牛が飼われており、県内で肥育生産された和牛を「長崎和牛」に統一し、ブランド化のために全国へPRを始めたところに、“日本一”の吉報が入った。

今回の品評会で「長崎和牛」が高く評価されたのは、オレイン酸の含有量だ。オリーブオイルの主成分でもあるオレイン酸は、脂身に含まれる“肉のおいしさ〟が測れる成分。脂肪交雑に代わる新たな評価基準として、オレイン酸に注目が集まっている。オレイン酸が多いと、脂の融点が低く口の中で脂が溶け、その香りと口溶け、うまみ(脂の甘さ)が増す。

渡部英二さん
渡部さんが目指すのは、赤身がうまい和牛だ。「肉本来の味がする赤身にこそ、和牛のうまみが詰まっていると考えています。健康な長崎和牛のおいしさを多くの人に届けたいですね」と常に牛の健康を考え、そのためには労力を惜しまない。

一般的な牛肉のオレイン酸含有量は50%に満たないそうだが、長崎和牛は58~60%、さらに60%を超えることもあるという。良質な脂身と、肉本来のうまみを持つ赤身のバランスが良く、柔らかな食感でジューシーな味わいとなる。

この長崎和牛の品質の高さの理由の一つに、島々の雄大な自然が育んだミネラル分の多い牧草を食べて育ったことが挙げられる。三方を海に囲まれ、半島や岬、離島が多い長崎だからこそ実現できる、おいしさの秘密だといえよう。

そこで今回“日本一”に輝いた生産者の一人、渡部英二さんにおいしい「長崎和牛」の育て方を聞いた。

「今、600頭ちょっとの牛を育てています。その間、牛たちには、食べたいだけ食べさせていますね。人間と同じで体調が悪ければ食べる量は落ちるし、健康ならどんどん食べて、ぐんぐん大きくなります。何より牛を健康的に育てることが重要です。そうするには、子牛の時にビタミンやミネラルが豊富な干し草をいっぱい食べさせて、骨を強くして骨格を作る、あと日光に当てる工夫もしています。7カ月目からは、干し草を稲ワラに替え、与える飼料の量が増えるので、できるだけ良質な飼料を食べさせています。これも牛たちの健康を保つためですね。市販の飼料に糖蜜と自家製の酵母を混ぜて一晩寝かせ、発酵飼料を作ります。一手間かかりますが、こうすると消化吸収が良くなって成長が早くなると考えて試しているところです」

牛
子牛でここにやって来たとき、6頭ずつ部屋に入れる。最初に6頭の中での序列が決まり、以降ずっと強い順にエサを食べ、その順番が変わることはないそうだ。牛たちはここで約30カ月の共同生活を送る。

大きくてジューシーな長崎びわ

長崎びわ
新品種「なつたより」の3Lサイズ(65~75g)。大きくて果肉が柔らかくてジューシー、その上糖度が高いのが特徴だ。今までのビワの弱点を品種改良で克服した品種といえる。

江戸時代から栽培されている長崎のビワは、日本一の生産量を誇る。県内でも屈指の産地である茂木地区には、1830~1840年代、唐通事の家で働いていた茂木出身の三浦シオが、唐船から長崎代官に贈られたビワの種をもらい受け、茂木村北浦字木場の、兄・喜平次の畑にまいたのが始まりだと伝わる。寒さに非常に弱いビワの栽培がここ茂木でずっと続いてきたのは、長崎県でも最西端に位置する温暖な気候であることと、日当たりの良い急斜面が多いというビワ栽培に必要な条件がそろっていたからだ。今もたくさん栽培されている露地ものの品種「茂木」は、一大産地である茂木の地名に由来する。

現在、茂木地区には約20万本ものビワの木があり、ハウスと露地の栽培で2月中旬から6月下旬まで長期間、出荷される。5月には急斜面に植えられたビワの木に実が付き始め、その見事な光景は、初夏の訪れを告げる風物詩となっている。

ビワの木
山の斜面にビワの木が一面に広がる光景は圧巻だ。袋をかけたビワの実は、遠くから見ると面白い花が咲いているようで、何の花かと尋ねられることもしばしば。

県では長年、特産であるビワの品種改良に積極的に取り組んでいる。新品種「なつたより」は、ビワに対する消費者のニーズを調べ、開発されたものだ。今年から本格的に出荷された「なつたより」は、「大きくて甘いうえ、果肉が柔らかくジューシー」だと消費者の評判も上々。茂木地区で栽培しているビワの木の半分を「なつたより」にする予定だ。

鎖国の時代にも外に開かれていたからこそ結実した長崎びわ。そのさわやかな初夏の味を全国へ届けている。

  • びわの収穫
    デリケートな果実に傷をつけないよう一房ずつ手で収穫し、袋を外す。農薬を控え、有機質中心の肥料を使ったり、ほとんどが手作業のため、人の愛情で育まれる。
  • ビワの実
    まだ青いビワの実。ビワは一つの枝に100個以上の花を咲かせ、これを三つに摘果する。実が色づき始めたら、袋をかけ高級品の証しである「うぶ毛」を守る。

多彩な食材が海を渡って長崎へ

トマト
サイズも色も多彩なトマト。完熟して甘くておいしいものから、硬くてコクのあるもの、調理用まで、その種類の多さには驚かされる。長崎トマトは太陽の恵みを十分に受け、ビタミンCがたっぷりあり、果肉もしっかりしている。撮影協力/おおむら夢ファーム シュシュ

トマト、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、アスパラガス、ナス……。どれもよく店頭で見かけ、食べる食材だ。現代の食生活に浸透しているこれらの野菜は、どれも最初に伝わったのが長崎だとされている。

それもそのはずである。日本本土の西端に位置する長崎は、東京よりも中国大陸のほうが近い。1550年のポルトガル船の入港後、平戸が国際貿易港として栄えるが、それ以前から大陸や南方との交流があったと考えられる。さらに日本が鎖国していた時代にも、唯一海外に開かれていた場所だからこそ、こんなにも多彩な食材の“伝来地”となっているわけだ。こうして海を渡って長崎に伝わった野菜や果物は、長崎から京都、東京へと続く長崎街道(シュガーロード)を通って各地へ伝わり、全国で栽培されている。

長崎県といえば、離島(県土の4割)や半島が多く、複雑な地形のため、急斜面が多く平地が少ない。決して耕作条件には恵まれているとはいえないが、トマトやジャガイモ、ニンジン、アスパラガスなどは、温暖な気候を活用したり、土づくりに力を入れたりと、“自然の力”を引き出して、全国トップクラスの生産量となっている。

1600年ごろに南蛮人によって伝来したという、ばれいしょ(ジャガイモ)は、長崎では明治期から本格的に栽培がスタート。初霜が遅く、晩霜が早く終わるという恵まれた気象条件に加え、温暖な気候を生かして、春と秋の二期作を基本にし、島原半島を中心に良質なばれいしょが作られている。その生産量は北海道に次いで全国2位。また農林技術開発センター馬鈴薯研究室では、病気に強い新品種の開発や、出荷を早める作型の研究をして、一年を通じて良質なばれいしょができるよう行政もバックアップをしている。

南北アンデス山系原産のトマトは、17世紀末にオランダから長崎に鑑賞用として伝えられたとされる。明治に入ると、病気に強く、果実が硬い品種へと改良され、食用の栽培が始まり、消費が拡大していった。そして今、長崎では温暖な気候を利用して、冬から春にかけて出荷できる「冬春トマト」の生産が盛んだ。果物のような甘みを追求したもの、本来のトマトを感じる硬さとコクがあるもの、加熱するとうまみが増す調理用のもの、そしてサイズもミニ、中玉、大玉とあらゆるトマトが作られている。これから「長崎トマト」に注目だ。

アスパラガスも鑑賞用として最初に長崎にやってきた。現在、産出額で全国4位である長崎県では、農薬や化学肥料を極力抑えた土づくりに力を入れて、2月から10月までの長期収穫ができるようになっている。

いちご
1830~1843年ごろにオランダ人によって長崎に最初に持ち込まれたと伝わるイチゴ。長崎では現在、「さちのか」を主に栽培し、12月下旬から5月上旬まで出荷している。関西や関東に向けて「長崎さちのか」の名前でブランド化を図る。

海を渡って長崎に伝わった多彩な野菜や果物。ビワのように長崎の気候・地形に適し、今でも生産量トップの産物もあるが、そうでないものは、温暖な環境をうまく利用し、耕作地が狭いからこそのさまざまな工夫で、安心・安全で良質な野菜が都市圏へ送り出されている。

「黒田五寸人参プレミアム!」などのジュース
大村の伝統野菜である黒田五寸人参を丸ごと味わえるようにしたのが「黒田五寸人参プレミアム!」(写真中央)。1本(720mℓ)に6本分のニンジンが凝縮。ほかにも「とまと」や「いちご」など旬のおいしさをジュースにして「おおむら夢ファーム シュシュ」で販売中。

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba
※『Nile’s NILE』2013年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています