蟹と鳥取の物語

鳥取県の冬は、“蟹取県”と改名した通り、まさに蟹に沸く。ズワイガニ漁が解禁になると、港に水揚げされるのは、蟹のみ。オスの松葉がにとメスの親がにが驚くほどとれるのだ。今回は、松葉がに漁の解禁で一気に盛り上がりを見せる、“松葉がに漁獲量日本一”を誇る岩美町の網代漁港を訪れた。

松葉がにに沸く岩美町

鳥取県漁業協同組合の網代港支所でのセリの様子
ズワイガニ漁が解禁となったばかりの11月7日、鳥取県漁業協同組合の網代港支所でのセリの様子。 買い付け人がセリ落とした蟹は、すぐさま運び出されていく。

鳥取の冬は、11月6日の松葉がに漁の解禁で一気に盛り上がる。中でも、“松葉がに漁獲量日本一”を誇る岩美町の網代漁港は、まさに蟹一色。広いセリ場には、松葉がに(オス)と親がに(メス)が所せましと並べられ、その瞬間を待つ。

松葉がにの漁獲量日本一を誇る岩美町の網代港
松葉がにの漁獲量日本一を誇る岩美町の網代港は、県東端の山陰海岸国立公園の海岸線に位置する。ジオパークに認定されている。

蟹は漁師が船の上である程度選別し、それを港(セリ場)に揚げた後、鳥取県漁業協同組合の網代港支所の“目利き”のセリ人が、各蟹の甲羅を片手で持ち、重さや身の詰まり方をチェックする。持ち上げる前には、色合いや傷のありなしといった外見を目で見て瞬時に判断し、「上(甲幅11.5cm以上、見栄え、身入りがいい、脚がそろっている=松葉がに)」「やけ(脱皮してから時間が経っているため黄色っぽい)」「ぶあ(脱皮したばかりで甲羅が柔らかい)」「指2本(脚が2本ない)」などにえり分けられる。網代漁港では朝8時になると、まずセリ人が蟹の等級を大きな声で叫び、買い付け人との長い駆け引きが始まる。時にセリ人は、買い付け人に蟹を持たせて、その重みを実感させて“上物”であることをアピールしながら駆け引きは進んでいく。“大漁”の場合、すべての蟹のセリが終わるまでに3時間を超えることもあるそうだ。

  • 蟹のセリ
    セリが始まると、一気に緊張感が高まる。セリ人と買い付け人の真剣な駆け引きでセリは進んでいく。
  • 網代漁港
    網代漁港に所属している沖合底引き網漁船は10隻。冬場は蟹のみを狙う。セリ場の蟹を置く場所は公平にくじ引きで決められる。
  • 蟹のセリ
    時にセリ人は、その重みを実感させるために、買い付け人に蟹を持たせる。こうして“上物”であることをアピール。
  • 蟹を運び出す様子
    買い付け人のほか、セリ落とした蟹をすぐに運び出すための人たちも大勢スタンバイ。そのため、どんどん運び出されていく。
  • 松葉がに
    松葉がにの甲羅に付着しているカニビルの卵は、脱皮してから時間が経っている証拠であり身入りがよいとされている。
  • とっとり松葉がに
    「とっとり松葉がに」というこのタグを付けられた蟹こそが、ブランド蟹の証し。甲羅の幅が11.5㎝以上と大きい蟹だ。

そして2015年から、鳥取県では新たに「五輝星(いつきぼし)」という五つの基準を満たしたトップブランド蟹がお目見えした。甲幅13.5cm以上、重さ1.2kg以上、10本の脚がそろう、鮮やかな色合い、身がぎっしり詰まっているという特選蟹である。長年、セリで松葉がにを見続けている“目利き人”が「五輝星」であるかどうかを決める。こうした厳しい基準をクリアして「五輝星」の名を冠することができるのは、全体の1.5%程度とかなり貴重なものになるという。

五輝星の蟹
2015年から鳥取県では新たに「五輝星」という五つの基準を満たしたトップ ブランド蟹がお目見え。この日、網代漁港に初の五輝星が水揚げされた。

蟹の水揚げ量日本一を誇る鳥取県だが、近年、漁獲量が減っているのは事実。ズワイガニのオス(3月20日まで)とメス(12月31日まで)ともに漁期を限定し、保護に取り組むほか、鳥取沖には「カニ牧場」と呼ばれるメスのズワイガニを保護する増殖場を設けている。

松葉がに漁獲量日本一の町

網代漁港からすぐの、道の駅「きなんせ岩美」では、ゆでたての蟹を販売中だ。2014年まで県漁協にいた副駅長の浜納栄治さんは、「“松葉がに漁獲量日本一”の町だから、道の駅でも“ゆでたて”を提供したい」と、2015年から専用の場所を設けて、大きな鍋で大量にゆでて提供している。浜納さんは、生態などにも詳しく、おいしい蟹になるその最適なゆで加減を熟知する、いわば“蟹博士”だ。

道の駅「きなんせ岩美」の副駅長の浜納栄治 さん
網代漁港からすぐの、道の駅「きなんせ岩美」の副駅長の浜納栄治さん。ズワイガニの生態などにも詳しい“蟹博士”だ。

「しっかり身が入っているだろう“目利き”した蟹を、生きているうちに、よき塩加減で、そして強火でゆでることがポイントです。実は、蟹を生きたままゆでると、その習性から脚を離してしまう。これは敵から身を守るために、トカゲがしっぽを切り離して逃げるのと同じです。そのため、ゆでる直前に真水に数分入れて失神させておき、蟹の筋肉組織が生きている状態で、強火でゆでます。そうすると、身が縦にすーっと裂ける、ぷりぷりの甘い身が味わえるのです」

  • ゆでたての松葉がに
    ゆでたての松葉がに。ゆでたてをあえて裏返しにしておくのは、蟹みそがまだ固まっておらず身の部分に流れ出すのを防ぐため。
  • 蟹を茹でる様子
    大きな鍋に蟹を入れて強火でゆであげる。蟹の大きさによってゆで時間を変え、最適な塩加減でおいしくゆでる。

浜納さんは、長年“研究”を重ねて、蟹の大きさに合わせてゆで時間を調整したり、“企業秘密”という最高の塩加減を見つけ出している。ただ“蟹
博士”の浜納さんでも、生きた蟹を見ただけで、その身入りまでを判断するのは難しいという。

「何十年も蟹を見ているけど、蟹はゆでてみないと、本当の身入りの具合は分からない。特に、色がよく、指がそろっていて、甲幅が11.5cm以上のいわば『上』は、身入りを判断するのは難しいですね。『上』にはならないのですが、『やけ』といって、少し黄色っぽくなっている蟹は、脱皮してから月日が経っているという証拠。見た目は劣りますが、『やけ』のほうが身入りが安定していますね」

浜納さんはこうした長年の経験を生かして、自身が目利きした、最高のゆで加減の、ゆでたての蟹を道の駅で提供していきたい考えだ。

「とにかく浜に上がったものを、その日のうちにゆがく。それが何よりもおいしいんです。『きなんせ岩美』でゆでた蟹は、そのまま食べてほしいですね」

地元の人は、メスの親がにを好んで食べるというが、シーズンの始まりなどは、県内からも大勢、松葉がにを求めて、岩美町にやって来る。そして、冬の味覚の王様の、甘くて旨いばかりの松葉がにを思う存分味わうのだ。

鳥取ではズワイガニのメスを“親がに”と呼ぶ。そして、ズワイガニの産地を訪ねると、地元の人はオスではなく、メスをよく食べると聞く。鳥取も例外なく、道の駅「きなんせ岩美」でも、生きた親がにの水槽に手を伸ばし、袋にたくさん詰めて買っていく人を大勢目にした。親がには小さいので、そのままみそ汁に入れてもいいし、ゆでて内子や外子、みそ、身を食べるのも、もちろん旨い。「内子や外子、みそ、身といろいろと味わえる食材として、オスの松葉がによりも面白みがある」というメスファンの料理人も多い。

鳥取では親がにと呼ばれるズワイガニのメス
鳥取では親がにと呼ばれるズワイガニのメス。地元の人はメスを好んで食べるそうだ。まさに地元ならではの味。

道の駅「きなんせ岩美」の副駅長の浜納さんが教えてくれた面白い話がある。それは、調査のために小さな親がににタグを付けておいたら、5年経ってもその蟹は大きさがほぼ変わらなかったということ。つまり、親がにの中身だけが成長したということで、その身はぎっしり詰まっていることになる。

ズワイガニは、水深200~400m付近の広い範囲に生息する。脱皮を繰り返しながら成長し、大きくなるにつれより深い水深帯にすむようになる。さらに海の中では、ズワイガニも“群れ”を作ることが分かってきた。これは小魚が敵から身を守るために群れを成すのとは少し違い、雌雄、大きさ(年齢)別などで群れを作っているようだ。その群れの大きさは、1000~2000mにも及び、こうした群れに底引き網を入れることができたなら、大漁となるわけだ。

親がに丼
親がに丼。生内子の醤油漬け、内子の塩ゆで、生外子の醤油漬け、蟹みそであえた身などが載った親がに丼は、この時期だけの味わいだ。

Photo Masahiro Goda
※『Nile’s NILE』2016年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています