和歌山発酵食紀行

発酵、清い水、日本酒

名手酒造店

清い水と発酵とくれば、日本酒だ。和歌山県でも、北部を中心に各地の蔵で日本酒が醸造されている。ここ県北西部の海南市黒江にある名手酒造店は1866(慶応2)年に名手源兵衛氏が創業した酒蔵だ。

名手酒造店の社歴14年目の杜氏、岡井勝彦さん
名手酒造店の社歴14年目の杜氏、岡井勝彦さん。 香川県小豆島出身で、大学卒業後、名手酒造に就職し、日々腕を磨いている。

かつて黒江は、万葉集に「黒牛潟」と詠まれた。それは、潮の満ち引きによって見え隠れする、黒い牛のような大岩があり、そう呼ばれたという。この黒岩は、現在の名手酒造店の敷地内だと伝わっており、つまりこの辺りは入江であったと考えられている。そのため、地下水はミネラルが豊富な弱硬水である。名手酒造店では、現在も敷地内に3カ所ある
井戸の水を使い続けている。5代目蔵元の名手孝和さんがこだわるのは、この黒江の水と、自ら兵庫・滋賀・富山・岡山と買い付けに走る米、そして最新の設備だ。酒造というと古い世界のようだが、「発酵という自然が相手のモノづくりでは、最新設備も必要」と名手さんは強調する。米の洗い方ひとつをとっても、その後の発酵に大きく影響する。

  • 醪
    純米酒の主発酵中の醪(もろみ)、留めから約25日でしぼり原酒ができあがる。
  • 井戸
    酒造りには、現在も敷地内に3カ所ある井戸の水を使用している。

酒造りで大切なのは、米、水、設備、そして杜氏を始めとした蔵人たちの技量と感性である。それらをまとめる経営姿勢を含めた総合力でブランドが築かれる。

「ここの町内会の名前と同じ『黒牛』を冠した酒ですから、蔵元として地域の誇りを背負う気概で造った純米酒です。麹の発酵の力を引き出した、キレ味のある酒。酸味のある食中酒として楽しんでいただいています」と名手さんは話す。

黒牛
やわらかい香りの「純米酒 黒牛」(右)。 山田錦のみを使用した「純米大吟醸 環山黒牛」720㎖ 2,580円。

名手酒造店
和歌山県海南市黒江846
TEL073-482-0005
https://kuroushi.co.jp/

田端酒造

7代目の長谷川聡子さんと蔵人
7代目の長谷川聡子さんと蔵人たち。杜氏の感性と蔵人の息の合った作業こそが、世界を魅了する「羅生門」の味を守り、聡子さんの新しい挑戦を支えている。

1851(嘉永4)年創業の田端酒造は、紀州藩徳川家から「酒造鑑札(酒株)」をもらい受けたという由緒ある酒蔵だ。「滴滴在心(一滴一滴に心を込めて酒を醸すこと)」という精神とともに、歴代の思いを7代目、長谷川聡子さんはこう話す。

「3代目は創業した村から和歌山市に出てきて、『大東一』を造りました。これは大阪でも東京でも一番、つまり“日本になる”という気持ちの表れだと聞いてます。5代目の祖父は、いつか世界に通用するお酒を造りたいと、黒澤明監督の『羅
生門』がベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したことに感銘を受け、1982年に『羅生門』を発売。“世界一”を目指してモンドセレクションに初出品した1988年に金賞を、そして翌年から26年連続で『最高金賞』を受賞しています。もう一
つ、うちの酒造りを支えているのは、蔵についた酵母ですね。自社培養しながら、大切に使っています」

  • もろみの撹拌
    もろみの撹拌。人の感覚を重視した手作りの酒造りを続けている。
  • 切り返し作業
    男衆が行う切り返し作業。田端酒造の冬の風物詩の一つだ。

実は聡子さん、田端酒造初の女性技師として、酒造りに参加している。

「大東一も羅生門も地元の方々に支えてもらって大きくなったお酒です。だから原点回帰じゃないけど、私はとにかく”和歌山”にこだわったお酒を造りたいと思うようになりました。和歌山県産の山田錦、紀ノ川の伏流水、和歌山酵母を用いた”オール和歌山”の『さと子のお酒』は、6代目蔵元の母・香代と杜氏の許可を得て、私が仕込んでいます」

こうして田端酒造の伝統と革新に基づく、酒造りが継承されていく。

田端酒造の酒
左から、「羅生門 龍寿純米大吟醸」、「羅生門 悠寿 純米大吟醸大古酒」、「さとこのお酒」。

田端酒造
和歌山県和歌山市木広町5-2-15
TEL073-424-7121
https://www.rashomon-kuramoto.co.jp/

Photo Satoru Seki Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』2015年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

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