豊饒の地で育まれる伝統野菜-庄内平野 酒田・鶴岡-

北に鳥海山、南に出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)と東側は険しい山に囲まれ、西側は日本海に臨む山形県庄内平野。さらに、最上川や赤川といった大きな流れが大地を潤す、実り多き土地である。

米どころとして知られているが、近年、この地で作られていた“伝統野菜”が注目されている。その中でも、“全国区”となったのがだだちゃ豆。産地・鶴岡では田を畑に転作し、だだちゃ豆を作る生産者も多いそうだ。ほかにも、種を絶やさず受け継いで作られている伝統野菜や、復活を遂げたものもある。

この地に残る伝統野菜を手掛かりに庄内平野の豊かさを探る。

庄内砂丘に咲いていたハマヒルガオ
庄内砂丘に咲いていたハマヒルガオ。茎が砂の上を這い群生する。空港近くの海岸線道路の両脇にはクロマツに防砂林が続く。

多彩な食材を生み出す庄内平野

日本有数の穀倉地帯である庄内平野はその7割以上が田んぼだというが、米だけでなく、野菜や果物、山の幸も豊富だ。これは、山があり、川があり、海があり、砂丘まである、変化に富んだ自然環境によるものであろう。さらに夏は暑く冬は極寒という特徴ある気候も影響し、庄内平野は多彩な食材を生み出している。

庄内平野の山と川の関係

この広大な平野には、最上川と赤川、二つの大河が流れており、山から長い歳月をかけて土砂を運び、平らな土地を形成した。時に洪水を起こして辺り一面が水浸しとなり、エジプトのナイル河畔のように度重なるこの洪水のおかげで土が肥え、おいしい米がとれるようになったのだ。ひとえに山の養分を運んでくれる川の恵みである。

一方、山の役目といえば、豊かな湧水を生み出すこと。鳥海山に降る雨や雪は、溶岩性の地下に染み込み、何十年もかけてミネラル豊富な淡水として大地を潤す。山頂から庄内浜までは、わずか15kmしかないこともあり、湧水として噴き出さなかった分が砂浜でゴボゴボと音を立てながら湧き出ているのを見ることができる。ちなみに海辺で噴き出す伏流水は、庄内の夏の海の幸である「岩ガキ」にうまみを蓄えるのだそうだ。

もう一つ、この地に豊かな実りをもたらしているのが月山だ。7月末まで夏スキーが楽しめるほど雪が残っており、また長年積み重なってできた腐葉土によって、常に湿り気がある場所である。そのため、乾燥を嫌い、湿った場所を好む「月山筍(げっさんだけ)」など山菜に最適な環境となっている。

そういえば、鶴岡市内にあるフルーツタウン産直「あぐり」では6月中旬でも、わらびや、赤みず、青みず、月山筍など山の幸がいろいろと並んでいたのが印象的であった。

防砂林と野菜作り

クロマツ林
庄内空港近くの海岸線の道路には、防砂林として設けられたクロマツ林が続く。どのクロマツも斜めに倒れており、この地の風の強さを物語る。

東京から飛行機で庄内へ来るとき、海辺だろうか、多くのビニールハウスが立ち並ぶ様子が目に飛び込んでくる。

聞けば、海辺に広がる砂丘地帯では“砂丘メロン”なるものが作られているそうだ。庄内平野の西側は、鳥取砂丘に次ぐ規模を誇る「庄内砂丘」が横たわる。東西に2.5km、南北に34kmも続くというから長大だ。

江戸時代、庄内では砂漠化が深刻となり、これ以上砂丘が広がらないようにと、先人たちはクロマツを植えた。このクロマツ林は、砂防林として砂や風を防ぎ、町や人を守ってきた。今ではこのマツ林を隔てた地域では、ビニールハウスの中でメロン栽培が盛んだ。他にも、にんじんやさつまいも、かぼちゃといった野菜が育てられており、“砂丘にんじん”などと砂丘を冠にして道の駅などに並べられている。

庄内平野のビニールハウス
強い風を受け止めてくれるクロマツ林の下には、ビニールハウスが立ち並ぶ。ここでは、砂丘メロンの生産が盛んだ。他の砂地でも野菜が作られている。

砂地で野菜を育てるとは意外だったが、砂は日差しを受けると、短時間で高温になり、さらにその熱を保つという特徴がある。砂の特徴を利用したうまい栽培方法だ。風が強い海辺なら、内陸よりも雪が積もらないため、長い期間耕作できる。その上、保温性が高い分、日差しが少なくても作物が効率的に育つのだ。

こうして庄内平野では、地形や気候を巧みに利用して、食材を育むという“伝統”が根付いている。

近年、庄内平野で注目を集めているのが野菜である。それもただの野菜ではなく、古くからこの地だけで栽培されていた在来の“伝統野菜”だ。京都や加賀(石川)なら、有名な伝統野菜も多いが、さて、庄内地方の代表選手は……。今では有名になり過ぎた「だだちゃ豆」。これは、2001(平成13)年にテレビCMで取り上げられると、一気に全国区に。さらに、鶴岡市内のイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフが、赤ねぎなどの地元、庄内の伝統野菜を積極的に使ったメニューを提供し、食通たちの間で話題となった。これは記憶に新しいだろう。

こうして地域の人々が古くから守り受け継いできた伝統野菜は、山形県にも数多く残っており、野菜以外の山菜なども含めた在来の作物は150を超えると言われている。さらに鶴岡市、酒田市、庄内町、三川町、遊佐町が属する庄内地方では、30以上の品種が存在する。

鶴岡の民田なす畑
鶴岡の民田なす畑。奥に見える道路の向こう側が「民田」で、畑があるのは「高坂」。地名の通り、民田より少し高くなっている高坂の方が、なすの実りがいい。
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