豊饒の地で育まれる伝統野菜-庄内平野 酒田・鶴岡-
自家採取した種で作る伝統野菜
そこで今回は、庄内地方の夏を代表する伝統野菜を探しに、酒田、鶴岡を訪ねた。庄内の夏の漬物といえば、鵜渡川原(うどがわら)きゅうり(酒田)と民田なす(鶴岡)が、東西の横綱だという。どちらも地元では暑い季節の食卓には欠かせない存在であり、夏の始まりを告げる風物詩だ。
まず、酒田市亀ヶ崎地区に古くから伝わる鵜渡川原きゅうりを代々作っている、堀川清志さんを訪ねた。
「申し訳ない、うちのきゅうりは植え付けが遅れて、まだまだだから、隣町で同じきゅうりを作っている池田さん家へ行きましょう」
隣町と聞いたので遠いのかと思ったら、車で1分ほどの距離。かつては違う地名だったそうだが、現在は同じ亀ヶ崎である、池田けい子さんの畑だ。
「これ、食べてみて。生だと独特の苦みがあるけど、それが鵜渡川原きゅうりの特徴なの。それでこのほろ苦さが美容にも、体にもいいんだよ」
とまだつるにいくつも付いていなかった鵜渡川原きゅうりの“初物”を手渡してくれた池田さん。そのルックスは一般のきゅうりと全然違う。短くて太い。つまり、ずんぐりむっくりだ。
食べてみると、確かに独特の苦みがあったが、歯応えがあり、“肉厚”でなかなかおいしかった。地元では、浅漬けや古漬け、最近ではピクルスにして食べるため、主に漬物用として9m程度で出荷する。
「ここに嫁いできたばかりのころ(43年前)は、手間の掛かる野菜だなあと思いました。今のように支柱を立てずに地面にはわせて育てていましたから。何をするにも腰をかがめての作業で、しかも、このきゅうりは小さいうちに収穫しなくちゃいけないのに、いつの間にか、うりみたいに大きくなり過ぎてしまうことも。だから今より、たくさん苗を植えていましたね」
25年ほど前からは、一般的なきゅうりと同様、支柱を立ててつるを誘引して育てるようになり、作業がかなり楽になったそうだ。
「漬物は女性が漬けるものだからかな、うちでは代々、鵜渡川原きゅうりを作るのは女性。嫁いですぐにおばあちゃん(姑)から、きゅうりの育て方や、種の取り方など全て教わったのよ」
池田さんは現在、亀ヶ崎地区の8人の女性で作るグループ「ミセスみずほの会」の会員でもある。すぐ近くにある「みどりの里山居館」で “産直”として、きゅうりなどを出しているほか、漬物などの加工品も販売している。
「産直へ漬物を出すときは『酒田特産の鵜渡川原きゅうりです』と一筆書いておくと売れ方が違うんです。それに自分が作ったものを買ってくれた人と触れ合えるのもうれしい。このきゅうりを利用して、もっとおいしい加工品を作ろうとやる気が起きたり、誇りをもって作っていることが伝わる気がします。これからもいろいろ研究して、鵜渡川原きゅうりをたくさんの人に知ってもらいたいですね」
まるで少女が夢を語るときのように瞳を輝かせて、伝統を守る楽しさ、そして大変さを話してくれた。
鵜渡川原きゅうりには、「めっちぇこきゅうり」という別名がある。
「その小さな愛らしい形を、うまく表現している方言『めっちぇこ(小さい)』を使おうと、20年前くらいに皆で考えて、商標登録したんです。この辺りで鵜渡川原きゅうりを作っている生産者が所属しているのが、JA庄内みどり南部畑作部会めっちぇこきゅうり部会です。15年くらい前までは、もう少し作っている人がいたんだけどね、どんどん減ってしまって、今は9軒だけ。でも、いまだに種はおのおの自家採種しています。きゅうりは交雑しやすいから、1km圏内で他品種のきゅうりを作っていないか、目を配っていないと、酒田の伝統野菜である鵜渡川原きゅうりを守れないんです。亀ヶ崎は住宅地だから、家庭菜園をする人も増えてきて、なかなか気を抜けないですね」
堀川さんは同会の会長就任以来、“伝統”を守るため、精力的に活動しているが、本業も手を抜くわけにはいかない。
「暑い日は1日で9cmに満たないMサイズ以下のものがLサイズ(9~11cm)にまで一気に成長する。葉の陰に隠れていたりして見逃すと、大きくなり過ぎてしまいます。湿度や気温の微妙な違いで育つスピードも変わるから、毎日息が抜けないですね。ピーク時にぱっと実がなって、突然とれなくなる感じです」
毎年、6月下旬から出荷が始まり、8月中旬までには収穫は終了。最盛期は1日で45~60kgも収穫するというから大忙しだ。
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酒田駅近くにある「八雲神社」は、室町後期に京都祇園社から勧請し、創建された。全国にある八坂・八雲神社と同様に、酒田でも「きゅうり天王さん」の愛称で親しまれている。
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「きゅうり天王さん」と呼ばれるのは、7月14、15日に開催される例祭で、きゅうりを2~3本お供えをし、それとは別の1本を持ち帰って食べると、無病息災、家内安全がかなうと伝わるから。