果物の酸とあんの出合い「アン ヴデット」

凝縮した強いあんの甘みをフランス菓子に生かすために「アン ヴデット」の森大祐氏は、しっかりとした果実の酸味を対比として取り合わせた。バターや生クリームとの相性の良さを生かしながら、一つの菓子としてバランスを見極め、全体を構築する。フランス菓子として見事に結実した甘みの完成度の高さを楽しみたい。

しっかりした甘みをどう生かすかがキーポイント

「アン ヴデット」森大祐氏

「和菓子、大好きなんですよ。平日、これだけ洋菓子を食べているので、休日には和菓子が食べたくなります」と言う森大祐氏。あんこを使った菓子をクリエートしてくださいという、今回のテーマにも気軽にOKの返事をくれた。それだけ、和菓子に親しんでいるということなのだろう。

森氏といえば、「ロイスダール」「グランド ハイアット 東京」で研鑽を積んだ後、本場のフランス菓子を体感したいと、渡仏を決意。MOF(フランス国家最優秀職人章)を有する、パリの「ローラン・デュシェンヌ」で基礎から学び直し、その後、同じくパリの「モワザン」でシェフパティシエを務める。帰国後は新店のオープニングに関わるなどし、2016年に自身の店「アン ヴデット」を開業した。国内外の数々のコンクールでも優勝、入賞するなど、その腕前は折り紙付きだ。

愛らしい見た目でまずは魅せるケーキが特徴だが、パーツ一つひとつの精度の高さ、それらを合わせたときの構成力も見事である。一口食べて驚き、全体を食べ終わって、至福の余韻に満たされる、それが「アンヴデット」のケーキである。その証拠に、とにかくひっきりなしに客が訪れる。ショーケースにずらりと20種以上並んだケーキを、皆、目を輝かせて真剣に選ぶ姿が印象的だ。

果たして、そんな森氏が“あんこを使った菓子”というお題に、どんな答えを返してくるのか、楽しみだ。

森氏は言う。「日本人ですから、あんの甘さというのは、DNAに組み込まれていますよね。ですから、考えるのはそう難しいことではありませんでした。これがフランス人だったら、無理でしょうね。彼らにとって、豆は甘いものではなく、あくまで料理なんです。でも私は日本人。あのしっかりした甘みをどうやって生かしていくか、そこのところをキーポイントに考えました」と。

では、具体的にどのように構築したのか、手法を聞いた。まず一つ、あんには練り上げた硬さがあるということが、ケーキに落とし込むうえで、扱いやすく、メリットだとも。

「何に似ているかというと、マロンペーストなんですよ。マロンペーストの要領で扱えば、無理なくケーキに仕上げられると思いました。テクスチャーとして、絞り出したり、接着させたりという作業にも向いています」

また、味の構成としては、強くはっきりした甘みにどう対処するか。そこを森氏は、果物の酸味と対比させて甘みを切り、爽やかに仕上げた。いわば、濃厚なフランス料理のソースを、果実味豊かなワインで切る、というような考え方だ。

フランボワーズと白あんの「アン・ルージュ」

まずは、フランボワーズと白あんの「アン・ルージュ」。こちらは白あんの繊細な甘みに、ストレートにフランボワーズの甘酸っぱさをぶつけている。バターをふんだんに使ったガレット生地に、刻んだフランボワーズを混ぜ込んだ白あんを絞り出し、フランボワーズと交互に配置する。さらにホワイトチョコレートを薄くコーティングしたもう一枚のガレットを重ね、刻んだフランボワーズを散らして仕上げている。

「フランボワーズを選んだのは、酸味も甘みも濃いからです。生クリームやカスタードにはいちごで十分ですが、白あんの甘みとなると、フランボワーズくらいの凝縮された酸と甘みが必要になってくるのです」と森氏。

実際に試食すると、確かに両者が違和感なくなじんでいるのがよく分かる。バターとの相性の良さは、近年のあんバター人気ですでに証明済みだが、ふんだんにバターを使ったガレット生地とのなじみも実に良い。

フランボワーズと白あんの「アン・ルージュ」|アン ヴデット
バターを贅沢に使った2 枚のガレットの間に、刻んだフランボワーズを混ぜ込んだ白あんを絞り出し、フランボワーズを配置した「アン・ルージュ」。上のガレットは薄くホワイトチョコレートでコーティングし、「アン ヴデット」の象徴である一輪の花が愛らしい。白あんの甘みとフランボワーズの甘酸っぱさが絶妙。

こしあんと柚子、ほうじ茶クリームのサントノーレ「カルム」

もう一品の「カルム」は、こしあんと柚子、ほうじ茶クリームのサントノーレ。パイ生地の上にシューをのせて、クリームを絞り出す、古典のフランス菓子のアレンジだ。さくさくのパイ生地の上にのったシューの中には、柚子のペーストがたっぷり詰められ、三つのシューの中心部に、接着の役目も果たす、こしあんを潜ませている。さらに上には、ほうじ茶の風味をきかせた香ばしい生クリームがふんわりと絞り出してある。味の構造的には、こしあんのしっかりした甘みを柚子の酸味で切り、ほうじ茶風味の軽い生クリームと組み合わせて、涼やかな余韻を持たせようというもの。三つの和の要素が見事なハーモニーを織りなし、森氏の狙いは成功したと言えよう。

「あんは、生クリームのような油脂分ともとても相性が良いんです。果物ともそうですが、そういう意味で実はとても守備範囲が広い素材です。それを今回のテーマで改めて実感できたことはとても収穫でした。とはいえ、今後、自分の店で扱うかというと、それは別問題。あんは大切にとっておきたいと思っています」と森氏は言う。

こしあんと柚子、ほうじ茶クリームのサントノーレ「カルム」|アン ヴデット
さっくりと香ばしいパイ生地の上に、柚子のペーストを詰めたシューを三つのせた「カルム」。柚子を象徴する、黄色のホワイトチョコレートでコーティング。その中心に、三つのシューを接着させるように、こしあんをひそませている。その上からほうじ茶の風味をつけた軽い生クリームを絞り出し、上には大納言小豆を散らした。

しかしながら「アン ヴデット」のケーキの季節を感じさせ、見る者に夢を与える愛らしさ。それはまた、上生菓子の、意匠だけで季節を感じさせ、花や木々、水の流れなど、自然の営みを映し出す巧みな造形美に、ある意味共通するところもあるように思う。それを森氏にぶつけると、確かに、共感する部分は大きく、自身もケーキの外観で季節を感じさせ、心を打たせるということをしていきたいのだと答えてくれた。

また、これまでさまざまな素材やスパイスとの組み合わせなど、驚きや意外性のある菓子作りに挑戦してきたが、今は、それがひとまわりして、シンプルな基本の菓子のおいしさを追求しているという。混ぜ方一つで、焼く温度1℃で、全然味が変わってくるといった、基本の基本を一から見直し、追求するフェーズに入っているのだそう。

そんな今、味も技法も違えども、何も加えることなく、あんだけで世界観を作り上げる和菓子のストイックさには、尊敬の念を持って共感できるものがあるという。今回作り上げたケーキは、あんこの可能性を広げもしたが、同時に自身の菓子作りを改めて見直すきっかけにもなったと語ってくれた。

森大祐(もり・だいすけ)
1978年、岐阜県生まれ。東京製菓学校を卒業後、「ロイスダール」「グランド ハイアット 東京」などの都内パティスリーに勤務後、渡仏。パリの「ローラン・デュシェンヌ」「モワザン」にて研鑽を積む。帰国後、「パティスリー SAKURA」のオープンから、シェフパティシエとして携わる。日本洋菓子協会連合会公認技術指導員、就任。2016年、「アン ヴデット」開業。
アン ヴデット 森大祐氏 

アン ヴデット 清澄白河店
東京都江東区三好2-1-3
TEL03-5809-9402
envedette.jp

Photo Masahiro Goda Text Hiroko Komatsu