赤坂 桃の木 | 小林 武志 桃喰う鮎

川面を跳ねる鮎が、陽光を受けて黄金色に輝く——「赤坂 桃の木」小林武志氏はそんな躍動感あふれる鮎を表現した。

「赤坂 桃の木」小林武志氏

「日本人には鮎に対する強い思い入れがありますよね。躍り串を打って、炭火で塩焼きにしたものにかぶりついて初めて、夏の訪れを感じる、というような。そのイメージをぐちゃぐちゃにしたくなかった。鮎の気持ちになったら、揚げるのはかわいそうだなと。表面がボワボワになって、仕上がった時の姿が鮎の美しさを損ねてしまうでしょ。それで一匹丸ごと仕上げられる中華の料理法を考えた時、この『鮎の燻製 杭州風』がドンピシャだと思ったんです。鮎独特の皮目の色合いと燻製香が、日本人の鮎に対する感覚に一番しっくりくるような気がします」

鮎の燻製 杭州風
鮎の燻製 杭州風。身をしなやかにくねらせながら急流を泳ぐ鮎をほうふつさせる一皿。桃は鮎の大好物……ではないけれど、川の栄養分をたっぷり取った長良川の鮎は大きく育ち、脂の乗り具合もいい。

それにしてもこの黄金色、塩焼きのこんがりと焼けた色合いとは違って、ある種の気品が感じられる。姿態のくねり方もどこかしら優美だ。どんなふうに料理したのだろう。小林は「そこが中華のテクニック」といたずらっぽい笑みを浮かべながら、料理法を次のように解説する。

「まず生のままおなかから開いて、可能な限り背骨を取っちゃいます。そうすると、鮎がふにゃふにゃっとなります。その背とおなかに山さん椒しょう塩を振って、蓮はすの葉と一緒に1分ほど強火で蒸します。鮎は身が薄いので、これで6割方火が入ります。ここで自熱で水分を飛ばし、完全に冷めたところで、中華鍋で燻製をかけながら残りの4割、火を通す感じですね。燻製のチップは、砂糖とお米とお茶の葉。これを焦がすと、砂糖の焦げた金色の煙が薫香と一緒に魚に付いてくれます。鮎の香りと燻製臭って、すごく合うんです。あと、鮎のように背が青くて、皮目に銀色とか金色が入っていて、おなかの方がきれいな色の魚は、ものすごくよく金色が出るんです。中国の杭州辺りでは、これをイシモチとか、コイ科のウグイなんかの川魚でやります。伝統料理の一つですね」

蓮の葉
生の鮎を開いて、蓮の葉といっしょに蒸す。「すいません、内臓は捨てちゃいます。もったいないんですけど」と小林氏。

もっとも中国では、昔から鮎を使う料理人はいるものの、文献や雑誌などに「鮎料理」は出てこないそうだ。鮎を指す固有名詞もなく「シャンユイ(香魚)」とまとめて呼ばれるという。言ってみれば“雑魚扱い”。大陸の広い川ではなく、山間部の狭い川にすむせいか、鮎の料理は中国料理の本流から外れた地方料理とか郷土料理に分類されるらしい。

それでも小林氏は「年に何度か、鮎料理を出す」という。理由は「築地で鮎を見つけると、使いたくなる」から。「ただお客さまから『中華に来ても鮎かよ』と叱られないよう、中華ならではの工夫をしている。

「今日は河岸で魚屋さんと相談して、長良川の鮎を使いました。日本料理の方のように“目利き”ではないから、何となくおいしそうだなと思った大ぶりのものを選んで。こういう料理は脂が乗っていることが一番大事なんです。その意味では初夏よりも秋口の落ち鮎、場合によっては養殖の方がいいですね」

その昔、幼少の頃は「鮎は食べるよりも取るのが好きな魚」だったという。郷里は愛知県岡崎市。近くに矢作川が流れていて、今でも釣りに来る人が多いスポットだ。

「でもおいしい鮎を食べたことがなかったんです、調理師になりたての頃まで。あんまり味がないような、苦いようなで、『鮎は塩焼きに限るよ』と言われてもピンとこなくて。初めておいしいと感じたのは、専門学校時代にバイトした和食のお店で出してもらった鮎です。よく言われるように、少ない脂がじわーっと出て、それがお腹と頭に回って揚げたような状態だったんですよね。焼き方一つで、味も見栄えも全然違うんだと、認識を新たにしました」

そのうまい鮎と出合って以来、「年齢を重ねるにつれて、鮎の持つ繊細なおいしさも分かるようになった」と言う小林氏は、今では大の鮎好きだ。

取材中に何度も「日本料理の塩焼きにはかなわない」と口にしたが、この杭州風の燻製もなかなかのもの。黄金色の姿態が目に、特有の香りが鼻に、ほくほくした身の淡泊な味わいが舌に、おいしい絶品である。

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba
※『Nile’s NILE』2013年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

小林 武志

赤坂 桃の木 小林 武志

Takeshi Kobayashi
1967年愛知県生まれ。辻調理師専門学校、同技術研究所で学んだ後、職員として8年間勤務。吉祥寺「知味 竹爐山房」「際コーポレーション」などを経て2005年、38歳の時に「桃の木」を開業。『ミシュランガイド東京』では二つ星を獲得。
このシェフについて