エスキス | リオネル・ベガ 陰翳への挑戦!

「日本料理は一つの素材を突き詰めて、おいしさを凝縮させますね。そのアプローチの典型が鮎料理でしょう。一方、フランス料理はいくつかの素材を混ぜてバランスをとりながら、おいしいハーモニーを創出するもの。アプローチが全く違います。フランス人である私には、日本料理的な考え方やアプローチは存在しない。だから鮎でフレンチを作るのは難しい」とリオネル・ベカ氏は言う。

リオネル・ベカ氏

しかし、エスキスではこの季節、鮎料理がメニューに上る。それはキュイジーヌ・ノマド—フランス料理の技術と伝統に根ざしながら、日本の食材を取り入れた“旅する料理”を手掛る、リオネル・ベカ氏のフィロソフィーの表れではないだろうか。

「実はトロワグロにいた頃にも、鮎を使ったことがあるんです。ただ当時はまだ、鮎をどう生かしたらいいか、あまり分かっていなかった。もちろん今は、鮎が日本人にとって重要な魚であること、その料理法に日本人の叡智と経験が集約されていることを、ちゃんと理解していますよ。セカンドシェフの村島輝樹が、どんな歴史的背景があって鮎が使われるようになったのか、下ごしらえや料理をする時はどういう点に注意すべきか、やっていいこと・いけないことは何なのかなど、徹底的に教えてくれました。彼の存在なくして鮎料理のレシピはできなかったですね」

エスキスのリオネル・ベガ氏が作った稚鮎のフリット トウモロコシとジュニパーベリー
稚鮎のフリット トウモロコシとジュニパーベリー。岩のある川底のグレーな世界をイメージして、昆布で仕立てた労作。「難しかったけど、日本人の鮎に対する思いをリスペクトし、それを壊すことなく大切にしながら作りました」とリオネル・ベカ氏。

さて「稚鮎のフリット トウモロコシとジュニパーベリー」はどんな経緯から生まれたのだろう。

「炭火で焼いた鮎の塩焼きを頭からかぶりついて、尻尾まで食べ尽くしたある時、『ん? これは何かに似てる』と思ったんです。何だろう、何だろうと考えて、『そうだ、グリーブ(つぐみ)だ』と。特に頭をかじった時のバリバリ感は鮎そのものです。フランスでは小さな野鳥を丸ごとローストして、頭からくちばし、手羽、脚、内臓まで全部食べます。いわゆるジビエですね。それで、グリーブに使う香辛料のジュニパーベリー(ねずの実)が、鮎にも合うんじゃないかと思ったんです。当たり、でした。ジュニパーベリーとジン、それに柔らかさを出すためにバターも入れてミキサーにかけ、ペースト状にしたものを稚鮎のおなかに詰めて、さらに表面にもジュニパーベリーのパウダーをまぶし、トウモロコシにミルクを加えた衣を付けて揚げたところ、おいしいフリットに仕上がりました。店ではアミューズ・ブーシュとして出していて、頭からかじると、サクサクとした衣の下から肝とジュニパーベリーの素晴らしい調和が楽しめます。辛口のシャンパンに合います。今回は泳いでる姿を表現したかったので、“川仕立ての大皿”にしましたが、普段は小皿で出しています。稚鮎の上に、小さなレーズンと紫タマネギをマリネにした甘酸っぱい付け合わせを載せて」

ジュニパーベリー
野鳥たちは森の中に落ちているジュニパーベリーが大好物。乾燥させて香辛料として使われる、黒紫色のこの小さな丸い実には独特の香りがあり、鮎との相性もいい。

川の藻ではなく、森の木の実を“食べた”鮎のうまさがまた格別! リオネル・ベカ氏が言うように、「鮎とグリーブに同じDNA」を感じた。

エスキスは昨夏からもう一つ、鮎料理を供している。それは、トロワグロの一世を風靡した料理、サーモン・オゼイユへのオマージュとして作った一皿だ(目次料理写真)。一夜干しにしてうまみを凝縮させ、サラマンダーで皮目を焼いた鮎を、酸味のあるキンジソウやハーブ、プルーンなどをふんだんに加えて仕立てたクリームソースで頂く。鮎を一度分解して、再構築しているのが特徴的で「最近よくやるやり方」だそう。

また「ミソは、鮎の頭の下に鮎の肝で作ったブーダンノワールを輪切りにしたものを敷いていること。肝の中にカカオを入れて、その苦みを口の中に停滞させることによって、鮎の肝の苦みを和らげている」という。

「初めて鮎の塩焼きを食べたのは、日本に来てまだ間もない頃でした。お祭りで食べたその鮎はすごくおいしかったわけではなかったけれど、その後、神楽坂の『石かわ』で頂いた鮎は本当においしかった。『もう死んでもいい』と思ったくらいです」

と言いながら、リオネル・ベカ氏は最後に「私の鮎料理も大好評ですよ」と付け加えた。ぜひ、ご賞味あれ!

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba
※『Nile’s NILE』2013年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

リオネル・ベガ

エスキス リオネル・ベガ

Lionel Beccat
1976年フランスのコルシカ島生まれ。「メゾン・トロワグロ」でスーシェフを務め、2006年に東京の「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」のシェフとして来日。2012年「エスキス」のエグゼクティブ シェフに。
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