饒舌なバロック -名古屋モーニング-

名古屋の「喫茶店」に行った際に、コーヒーに無料でトーストなどのおまけが付くというおトクな「モーニングサービス」を見て驚いたことはないだろうか。

なぜ無料なのか? なぜおまけが付いているのか?

そこで今回は、そんな名古屋の「モーニング」誕生の経緯や、一度いったら通いたくなる4つの名古屋らしいモーニングをご紹介しよう。

名古屋市

高コスパ!名古屋モーニング普及の理由とは

さすが名古屋、パンや卵が無料で付いてくる

“喫茶店王国”と呼ばれる名古屋。市内の全飲食店の4割以上が喫茶店というデータもあり(ちなみに全国平均は2割強)、年間に使う金額も約1万3000円と全国平均の約5000円を大きく引き離している。面白いのは、ではコーヒーが大好きかというとそうではなく、コーヒーの消費量は全国主要都市の中でも最下位に近いということ。名古屋人はコーヒーが好きなのではなく、あくまで喫茶店が好きなのだ。

そして、名古屋の喫茶店文化を象徴するのがモーニングサービスだ。名古屋では「モーニング」というだけで喫茶店のそれだと通じるほど浸透している。朝の時間帯に、コーヒーに無料でトーストなどのおまけが付くというおトクなシステムで、市内および周辺地域の喫茶店の大半が採用している。トースト+ゆで卵が付くのが標準的で、コーヒー代の300円そこそこで充実した朝食を摂れるというワケだ。

モーニング発祥の地は名古屋近郊の一宮と豊橋

モーニングの誕生については諸説があるが、発祥の地として有力なのが名古屋近郊の一宮市と豊橋市だ。一宮は高度成長期に繊維の街として栄えた。織機の音がやかましく社内で商談ができないため、応接室代わりに喫茶店を使う企業が多く、その中で顧客サービスの一環としてモーニングが発展したといわれる。

一般的に“名古屋のモーニングは豪華”というイメージがあるが、実はおまけの盛りだくさんさでは一宮と豊橋をはじめとする周辺の郊外エリアの方が上。一宮では茶碗蒸しやおにぎり、味噌汁などが、豊橋では特産品のうずらの卵が付いたり、追加料金のセットが豊富に揃う店が多いのが特徴だ。

モーニングの発達は、喫茶店にファミレス的な機能ももたらした。休日は家族で喫茶店へ行き、モーニングを食べながら過ごすという習慣が、特に郊外では浸透している。

名古屋人のお値打ち好き気質に訴求したモーニング

名古屋でモーニングが一般化したのは、冒頭に挙げた店の多さに理由がある。名古屋は大都市の割に土地代が安く(近年はそうでもないが)、客単価の低い喫茶店でも開業しやすかったのが店数が増えた一番の要因といわれる。結果、競争が激しくなり、店はあの手この手で客を獲得しようとサービスの充実を図る必要があった。コーヒーにピーナッツなどのおつまみを付けたり、新聞や雑誌を数多く揃えたり。モーニングが誕生・普及したのは昭和30~40年代。ちょうど喫茶店の開業ラッシュとも重なり、増え続けるライバル店との差別化策として各店がこぞって採用したのだと考えられる。

名古屋人は実利主義で、その気質を表わす言葉が“お値打ち”。いわゆるコストパフォーマンスの高さを指し、ブランドイメージなど目に見えない付加価値よりも分かりやすい質量のサービスを好む傾向がある。喫茶店のモーニングは、まさにそんな“お値打ち第一主義”にかなってヒットしたサービスと言える。

朝から晩までモーニング喫茶店以外の飲食店にも普及

広く一般化することで、様々な内容や分野のモーニングも生まれた。

例えば「フルタイムモーニング」。一部の店が採用しているもので、モーニングといいながら、一日中コーヒーにトーストなどのおまけが付いてくる。これはすなわち、「モーニング」が「朝の時間帯のおトクなサービス」という本来の意味から離れて、「喫茶店のあれこれ付いてくるおまけサービス」を指す言葉として拡大解釈されている証である。

また、喫茶店以外でもモーニングを実施している店も少なくない。ベーカリーでのパン食べ放題や、コーヒー付きの定食といった方がふさわしいような、うどん店や食堂でのモーニングなどなど。

コーヒー1杯プラスαで、朝からちょっとおトクな気分になれる。名古屋のモーニングはおなか以上に心を満たしてくれる朝ごはんなのだ。

名古屋のモーニング案内

一度いったら通いたくなる4つの名古屋らしいモーニングをご紹介。

モーニングの裏メニューに秘められた老舗の矜持「洋菓子・喫茶ボンボン」

洋菓子・喫茶ボンボンのモーニング
コーヒーは今どき珍しい350円の値ごろさ。30種類以上あるケーキも人気が高く、イートインもテイクアウトもできる。

庶民がまだ甘いものに飢えていた戦後間もなく、名古屋でいち早く洋菓子作りを始めたのがこのボンボン。そこからさらに遡る昭和初期、創業者がドイツ人俘虜から製菓の技術を学んだのが始まりとされる。そのノウハウを活かして、洋菓子販売と喫茶の併設店を開いたは昭和30年のことだった。

赤が基調の革張りソファに、ステンドグラスや色ガラスのランプシェード、木彫りの彫刻。店内は、半世紀の歴史の中で自然とアンティークになったインテリアが不思議な調和を織り成す。テーブルを埋めるのは店の歴史と同様の年輪を刻む世代。今も現役で、昭和の空気7が息づいているかのようだ。さらに言えば、ケーキ200円台~、コーヒー350円という価格も昭和水準だ。

モーニングはバタートーストとゆで卵。セットが不要の場合は、おつまみ代わりのミニケーキを付けてくれる。プチサイズのシュークリームやカステラは、モーニング専用に作っているもの。洋菓子の老舗としての誇りはモーニングにも秘められている。

洋菓子・喫茶ボンボン本店
愛知県名古屋市東区泉2-1-22
TEL052-931-0442
https://cake-bonbon.com/
営業時間 8:00~22:00(日祝は8:00~21:00/無休)
モーニング 8:00~10:00(日祝はなし)

名古屋人が最も食べている大人気喫茶チェーンのモーニング「コメダ珈琲店」

コメダ珈琲店のモーニング
ドリンクメニューにトースト、ゆで卵付き。ゆで玉子の代わりに「手作り たまごペースト」か「名古屋名物 おぐらあん」も選べる。

名古屋市内に100以上の店舗を擁する珈琲所コメダ珈琲店(全国では870店舗超)。少し空き時間ができたり、のどが渇いたらすぐに駆け込むことができる、コンビニ並みの街のインフラとして機能している。

ログハウス調のゆったりした空間、座り心地のよいソファ、ドリンクに付いてくる豆菓子、豊富な新聞と雑誌、そしてもちろんモーニング。名古屋人が喫茶店に求める要素をもれなく網羅していることが、地元でこよなく愛されている理由だ。

そのコメダが最もにぎわうのが朝11時までのモーニングの時間帯。一日の客数の3~4割がこの時間帯に集中する。香ばしいトーストにゆで卵、マグカップサイズのコーヒー。ボリューム感があり、コストパフォーマンスは高い。市内店舗のほとんどが満席となりそのほぼ全員が食べていると考えると、名古屋人が最も食べている朝食はコメダのモーニングだと言って過言ではない。

コメダ珈琲店本店
愛知県名古屋市瑞穂区上山町3-13
TEL052-833-2888
https://www.komeda.co.jp/
営業時間 6:30~23:30(無休)
モーニング 6:30~11:00

名古屋名物・小倉トーストで朝からテンションUP「加藤珈琲店」

加藤珈琲店のモーニング
名古屋セット550円。コーヒーに小倉トーストとゆで卵が付く。コーヒー代だけのAセットは418円。場所はテレビ塔のすぐ近く。

名古屋独特のご当地メニュー、いわゆる名古屋メシ。その中で喫茶店発祥の一品が小倉トーストだ。

トーストにバターもしくはマーガリンを塗り、小倉あんをはさんだりのせたりするもので、初めて見る人は一様に驚くが、あんぱんのトースト版と考えればそれほど奇異ではない。バターの塩気があんの甘みを引き立て、まったりした甘みが、苦みの強い名古屋のコーヒーとマッチする。若者や女性に限らず、年配の男性、すなわち喫茶店のヘビーユーザーにも親しまれている。

この小倉トーストをモーニングで食べられるのが加藤珈琲店。その名も名古屋セット。ぶ厚いライ麦パンはあっさりしていて小倉あんと相性がいい。自家焙煎のコーヒーがたっぷり2杯分、サーバーで出てくるのもこの店の特徴で、おトク感が高い。モーニングは他にもコーヒー代だけでハーフトースト+ゆで卵が付くセットなど数種類あるが、名古屋セットが一番人気で4割を占めるとか。朝から甘いもので血糖値を高めるのは、勤勉な名古屋人気質を反映しているのかもしれない。

加藤珈琲店
愛知県名古屋市東区東桜1-3-2
TEL052-951-7676
http://www.katocoffee.com/
営業時間 7:00~17:00(土日祝は8:00~17:00/無休)
モーニング 開店から10:30まで

一日中お得なフルタイムモーニング「喫茶ピットイン」

喫茶ピットインのモーニング
モーニング400円(ブレンドコーヒーの場合)。茶碗蒸しは一宮では定番の一品だ。

“モーニング発祥の地”とも言われる愛知県一宮市。市内の喫茶店のほとんどが、コーヒー1杯分の値段であれもこれもとおまけが付くモーニングサービスを採用。市民の朝食を家庭から肩代わりしている。

名古屋近郊のこの街は、「一宮モーニング」をブランド化。スタンプラリーや他エリアでの出張販売など、様々なイベントを企画している。ご当地グルメによる町おこしは全国で盛んだが、料理ではなくサービスをグルメの一種としてとらえて取り組んでいるケースはきわめて珍しい。

このモーニング激戦区にあって、とりわけ地域の人に愛されているのが喫茶ピットイン。早朝5時にオープンし、何と夕方5時の閉店まで一日中モーニングを行っている。内容も充実。トーストは種類の異なるパンを使ったジャム&小倉あんが1/2枚ずつ、茶碗蒸しとサラダまで付く。しかも、料理はどれもママさんの手作り。素朴で優しい味わいだ。
 
早起きは三文のトク、おまけに寝坊してもやっぱり三文のトク。喫茶店のモーニングから一日が始まる、この地域の食習慣を実感できる。

喫茶ピットイン
愛知県一宮市時之島下途15 -1
TEL0586-51-2051
営業時間 5:00~17:00(無休)
モーニングは終日

Photo Masahiro Goda Text Toshiyuki Otake
※『Nile’s NILE』2011年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています