銀座 小十 | 奥田 透 蟹はそれだけで全てを語る
ズワイガニは温かいシンプルな料理が一番旨い
“冬の味覚の王様”は、何といってもズワイガニ。「日本のカニ、中でもズワイガニは特別だ」と料理人が口をそろえて言うほど旨い。今回はそんなズワイガニを使った、「銀座 小十」のメニューをご紹介。
蒸しセイコガニ
甲羅を器に、底に内子を敷き詰め、周りを脚の身で囲み、身をドサッ、さらに外子をドサッ。これを蒸すこと4~5分。熱々で食すこのセイコガニの蒸し料理は、小十でしか味わえない冬の一番人気メニューである。
越前がにではセイコガニ、松葉がにではセコガニと呼ばれる雌のズワイガニの複層的なうまさを、丸ごと独り占めにする感じがたまらない。
「塩も醤油も味付けは一切なし。カニ自身の持つ繊細な自然の味わいを堪能していただくには、料理はシンプルなほどいいと思っています。大人気なので、漁は年明けすぐに終わるんですが、うち用に500匹くらいストックしてもらってます。それでも1月中にはけちゃうんです」と奥田透氏。
焼き越前がに
雄のズワイガニ、越前がになら、焼いて、甘みのある身を濃厚なみそにつけて食べるなど、「シンプル」を重視する奥田透氏はまた、「カニは温かい方がおいしい」と断言する。
「昔、塩釜で魚市場を営む親戚のところで、大みそかに正月用の毛がにを食べたことがあるんですよ。ゆでるか蒸すかした熱々のカニを、バサッと広げた新聞紙の上にドンと載せてね。パキパキと脚を折り、身をほじくり出して食べたら、これがめちゃくちゃうまい! 浜ゆでして冷たくなったカニをカニ酢で食べるのとは段違いでした。冷たいと一口、二口目はおいしいけど、すぐに『もういいかな』って飽きちゃう。でも、温かいと『もっと、もっと』に変わるんです。セイコガニの蒸し料理もね、最初は冷たいまま食べてたんですが、何か気分が盛り上がらない。『カニってもっと興奮しなかったっけ? 何だろう、この物足りなさは。そうだ、冷たいじゃん』と気づいて、もう一回蒸して温かくしたんです。同じ理屈で、焼きガニも熱さが生命線です。あと、甲羅・殻の厚さね。炭で焼くと、ここからおいしい汁が出て、いい味付けをしてくれます。外側が焼けて、真ん中にほんのり火が通ったくらいの層になってるのが理想。その絶妙なグラデーションがほしいから、厚みにこだわります」
越前がにご飯
「銀座 小十」の越前がにのすり流し
越前がにのすり流し。玉子豆腐ではなく湯葉豆腐、魚ではなくフグの白子が、越前がにのすり流しと一体化して贅沢な味わいを醸す。ちょっと焦げ目のついたフグの白子が焼いた餅のようで、また白を基調にしたやさしい色合いが、見た目も愛らしい。
蟹は熱さが生命線
言われてみれば、今回のカニ料理4品は全て温かい。蒸しもの、焼きガニに加えて、カニご飯もすり流しも熱々。口から湯気を出しながら、一気にフィニッシュしたい感じだ。
「カニご飯は、米を出汁で炊き、蒸らす時に生姜を散らして、焼いたカニを載せます。そうすると、カニの殻からご飯にうまみがしみて、複合的なおいしさが出ます。最後にほぐした身を、茶碗のご飯の上にこんもり盛ります。すり流しは、湯葉豆腐と炭焼きしたフグの白子に、カニの身を一番出汁で煮て、葛粉でとろみをつけた汁をかけたものです。アマダイとかタラの白子も考えましたが、やっぱりフグでしょうと。カニと並ぶ冬の味覚の王様ですからね」
パリの店ではトゥルトゥーガニを使って茶碗蒸しやあんかけ、炊きこみご飯にしておいしいけれど、「日本の越前がにのようなカニがあればメニューが広がる」と残念そう。
奥田氏は言う、カニの繊細な味わいは夏の鱧に似ていると。
Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba