茶禅華 | 川田 智也 精度は進化を生む

昨年12月にミシュランガイドで三つ星を獲得するなど、勢いと充実度をいっそう増している「茶禅華」。シェフの川田智也氏は、昨年の緊急事態宣言に伴う臨時休業中に店と料理を強化するなど、コロナ禍のピンチをチャンスに変えた料理人の一人だ。また「食のサステナブル」という課題に意欲的に取り組むことでも知られる。

ピンチをチャンスに

昨年の4月、「茶禅華」は丸1カ月の間、店を臨時休業した。その際、川田智也氏は、最初こそ「大変なことになった」と戸惑ったが、すぐに「時間ができたからこそ、やりたかったことを存分にやろう」と発想を転換。「それまで毎日の仕事に追われ、集中して料理の深化に取り組むことができなかったのです。その歯がゆさを解消しようと思いました」と話す。

休業中は、10名いるキッチンスタッフが毎日厨房に集合。既存の料理のブラッシュアップと新作の開発に全力を注いだ。「営業再開後は、『料理が格段によくなった、何かあったの?』と常連のお客様がおっしゃるくらい、料理を向上できました」

このほかにもう一つ、店にとってポジティブな変化が起きた。それは、営業時の料理のクオリティーとサービスの精度が増したことだ。というのは、時間短縮営業の中、すなわちそれまでより短い時間内で、それまでと同様のコース料理を提供するには、集中力のギアを一段上げる必要がある。

「時短が決まった時は焦りました。でも、火事場の馬鹿力というように、追い込まれると人間はそれまでにない力を発揮するものです」

時短営業が解除された時には、「大リーグ養成ギプスではないけれど(笑)、ギプスを外したら前より速い球が投げられる可能性がある。今営業していて“ゾーン”と呼ばれる空気が流れる時がありますが、これを時短が明けた時にも保てれば、と思っています」。

なお、その際のポイントとなるのが「スタッフ全員でイメージトレーニングをし、営業中に起き得るあらゆる事柄に対する準備をすること」だと話す。「私は高校時代まで長くバレーボールをやっていたのですが、試合をイメトレし、自分たちがとる可能性のある動きを緻密に読んで備えること、みんなで声をかけ合うことはとても大事。その感覚を今、活用しています」

休業中に完成した「茶禅華」の料理

茶禅華の「仏跳牆」
高級な薬膳素材を壺に詰め蒸し煮にする仏跳牆は、美食でありながら滋養強壮の効果が望める、中国料理の「医食同源」の思想を象徴する一品。味つけはせず、風味づけに紹興酒を5滴たらすのみ。素材からにじみ出る、上品でありながら旨味豊かなエキスがスープの味を作る。

さて、今回紹介する「仏跳牆(フォーティアオチャン)」は、コロナで休業していた昨年の4月に、茶禅華の料理として完成したという。

「仏跳牆は、中国を代表する伝統的な高級料理の一つ。薬膳の効果のある山海の食材を壺つぼに詰め、蒸して作るスープです」

今回の仏跳牆にはフカヒレ、鮑、干し貝柱などの海の素材、イノシシやキジ、ヒグマの肉などの陸の素材、朝鮮人参などの植物素材……と、全部で21種類もの薬膳素材が入る。そして蓋を開けるとスープのかぐわしい香りが一気に立ち上る。ちなみに、その香りが漂ってきたら、仏も思わず垣根(牆)を飛び越えて(跳)料理に向かうほど魅力的、というたとえがこの料理の名の由来となっている。

仏跳牆の素材
仏跳牆の提供前に、使用した21種類の素材を客にプ レゼンテーションする。干し鮑、干しなまこ、フカヒレなどのおなじみの高級乾物から、鹿のアキレス腱、魚の浮き袋などめずらしい素材まで。これだけの素材が壺の中に入っていると知ると、味わいもまた格別に。

なお、もともと中国では、宮廷に仕える医者の中でも、皇帝の食事をつかさどる「食医」の位がもっとも高かった歴史がある。食が日々の健康に直結する、医食同源の思想がベースにあるのだ。

「仏跳牆も、ただ高級なだけでなく、滋養強壮の効果が高い。免疫力を高めてくれる料理なのです。なので、この料理には『コロナに勝つ』というメッセージが込められています」

この料理はまた、食のサステナビリティーにも配慮されている。たとえばイノシシは害獣駆除のために全国で仕留められているが、捨てられてしまうものが多く、全体から見ると食用への利用は少ない。

「そんな中でイノシシ肉を使うことはフードロス削減や食料自給率の問題の好転につながります。こうした活動に参加させていただいているので、駆除動物の活用には意識的でいます」

未利用魚を活用した一品

茶禅華の魚料理
四川料理の魚の煮込み、乾焼魚をベースとする品。「皮が硬い」などの理由で未利用魚であった三島オコゼを使う。皮は、あらかじめ高温で一気に揚げることで硬さを壊し、それからスープで煮る。客前でマコモダケなどの入った辛いあんをかけて完成させる。

もう一品の魚料理も、サステナビリティーの考えに基づいて考案された皿だ。ここで用いられている「三島オコゼ」は、もとは水揚げされても用いられないか、あるいは二束三文で売られる「未利用魚」だった。身は旨味ののった白身で味がよいが、皮が硬いので敬遠されていたのだ。

「今まで真剣に取り扱われることのなかった魚を利用することは、魚の乱獲を防ぐことになります―市場では赤むつやキンメダイなど一部の魚に注文が集中して、どんどん値上がりするとともに、乱獲が進んでしまう。こうした傾向に歯止めをかけるのが未利用魚の活用なのです」

川田氏は三島オコゼを料理に使うにあたり、皮を高温で一気に揚げて細胞を壊すことで食べやすい状態へと転化した。そのうえでスープで煮て、大皿に盛り、客前で具材入りのあんをかけて料理を完成させる。

実際に食べると、皮のとろりと柔らかい食感が印象的。白身は、ほどよい弾力としっとりとした食感、そしてしっかりとした旨味を持つ。あんは、マコモダケ、セロリ、もどした乾燥シイタケの角切りを四川風味の辛い味に煮たもの。軽快な食感、セロリの爽快感ある風味が、料理全体のアクセントとなる。

「この料理も、中国の伝統料理がもととなっています。四川の『乾焼魚(ガンシャオユイ)』がそう。修業中に何度も作った、思い入れの強い料理です」

「乾焼」とは中国料理では煮込むという意味。コイや桂魚などの淡水魚を丸ごと、四川らしい辛い味で煮て仕立てたのが乾焼魚だ。本来は、淡水魚独特の臭みを感じさせなくするために、辛くて強い味の煮汁で煮ていた。それを日本らしく、臭みのない海の魚で作ったのが今回の料理。

「日本の魚の処理の技術、そのレベルの高さと繊細さは世界に誇るべき」と、漁師とそれを扱う仲卸へのリスペクトもこの料理には込められている。

茶禅華らしく、そして日本らしく

今回紹介したいずれの料理も、ベースにあるのは中国の伝統的な名品。そこから逸脱せず、料理が本来持っている意図もしっかりと押さえているので、一見すると「伝統そのもの」という印象を受ける。しかし実際は、川田氏の思考によって茶禅華らしく、そして日本らしく昇華されている。

これは「和魂漢才」をテーマに掲げる川田氏の料理すべてに共通している特徴だ。日本の精神性や繊細な感性を、長い歴史の中で磨かれてきた中国料理の体系、技術、ダイナミズムと調和させる。そんな川田氏の壮大な挑戦が、料理をより格調高く、かつ活力に満ちたものにしている。

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata

川田 智也

茶禅華 川田 智也

Tomoya Kawada
1982年栃木県生まれ。「麻布長江」で10年間にわたり四川料理を修業したのち、「日本料理龍吟」に入門。同台湾店である「祥雲龍吟」の立ち上げから参加し、副料理長を務める。帰国後、2017年2月に「茶禅華」をオープン。同年、ミシュラン二つ星を獲得。
このシェフについて