カンテサンス | 岸田 周三 進化は変わらない

今年でオープンから16年目を迎えるカンテサンス。岸田周三氏は料理に対するストイックな姿勢を貫きながら、レストランシーンのトップを走り続けてきた。コロナ禍に際しても、また業界で「サステナブル」の思想が新潮流を作り出しても姿勢はブレない。「これからも変わらない」と言いきる岸田氏からは、揺るぎない自信が感じられる。

コロナ禍をプラスに変えた挑戦

料理は、プロデュイ(素材)、キュイソン(火入れ)、アセゾネ(味付け)を追求するという明快なコンセプト。提供するのは、おまかせコース一本。これは16年前の「カンテサンス」のオープン時に、岸田周三氏が考え抜いて生み出したスタイルだ。コロナ禍でも、このスタイルは揺らぐことがない。ちなみに店の予約状況も、コロナ以前―現在は約3カ月先まで満席―と変わりないという。

ただし、プラスアルファで始めたことがある。それは菓子の販売。昨年の非常事態宣言時に生まれた時間を利用して、チーズケーキ「ガトーオーコンテ」と、アルマニャックのケーキ「ガトーアルマニャッケ」の開発に取り組んだ。これらの菓子は多くの客から好評を得たため、現在も継続して販売中だ。

「今までも菓子の販売のリクエストはいただいていましたが、腰を据えて取りかかる余裕がなくて。ようやく自信を持ってカンテサンスの名で送り出せる品ができたと思っています」という。

ガトーオーコンテは、現在大人気のチーズケーキ市場の中のトップを実現しているはず、という自信作。ガトーアルマニャッケは、今までにない「焼き菓子と生菓子の間」を追求したケーキ。コロナ禍をプラスに変えた挑戦だ。

料理に関しては、今まで通り。流行は追わず、しかし常連客が多いので飽きられないように、と意識しながら、常に新作を作り続ける。一方で、季節ごとの人気の料理は毎年定番として提供するなど、客のリクエストにも応えている。今回紹介してくれたのは、いずれも春の新作だ。

カンテサンスのチーズケー キ「ガトー オー コンテ」
昨年の12月より通販にて販売を始めたカンテサンスのチーズケーキ「ガトー オー コンテ」。下からタルト状、レアチーズケーキ状、ベイクドチーズケーキ状の生地が重なる仕立てで、段階的な変化を楽しむことができる。ベイクドチーズケーキの層では、36カ月熟成のコンテを贅沢に用いる。その風味は格別だ。

タケノコのおいしさをフランス料理で表現

一皿目のタケノコの料理は「タケノコのおいしさをフランス料理で表現する」がテーマ。まずポイントとなるのがタケノコそのものの質。今年出会った静岡の農家が、特別な手法でタケノコを包んで送ってくれることで、この料理は実現したという。

「農家さんが、根付きでタケノコを掘ってくれるんです。非常に面倒なのでやってくれる方はまれなのですが……。そして保冷剤とともにラップで包んで送ってくれる。こうしたら、鮮度は掘り立てと変わりません。えぐみがまったくないのです」

その鮮度があるからこそ、この料理ではタケノコを、軽いスープ・ド・ポワソンでそのまま煮ることが可能になった。「えぐみを抜くための下ゆでが不要。通常では下ゆでで抜けてしまう風味がしっかりと残ります」。

カンテサンスの筍料理
根付きのまま冷やされて静岡から届くタケノコは、掘り立てと同じ鮮度でえぐみがない。これを大ぶりに切り、軽いスー プ・ド・ポワソンで煮た。クルマエビのゆでた身、揚げた頭と盛り合わせ、スープ・ド・ポワソンの泡を添える。タケノコをかむと、その香りが口の中に豊かに広がる。

また、タケノコの大きさもこの料理のポイントだ。

「タケノコのおいしさは、前歯でガブッとかむところにあると思います。かんで、口の中に香りが広がる感じが重要なのです。でも、フランス料理ではタケノコを、どうしても小さく切ってしまいがち。そこをあえて、大きな塊で残すことにしました」

変わらぬ思いと、新しい発想の一体化

もう一品のホワイトアスパラガスの料理は、この素材に対する岸田氏の変わらぬ思いと、新しい発想が一体化したものだ。「ホワイトアスパラガスはいろいろな産地のものを試しましたが、やはりフランス産が好きです」と、ここでもそれを使用。また、「ゆでるよりフライパンで焼くほうが断然においしいと思います。ゆでると、どうしても風味が一定量失われてしまう」。今回はフライパンに細長く生地を絞り、そこにホワイトアスパラガスをのせて焼いている。

その一方で、ホワイトアスパラガスに合わせる素材は、この春に生まれた新しい発想に基づいている。今まではホワイトアスパラガスの料理は、柑橘の風味や、同じく春に旬を迎える貝類など、爽やかな要素と合わせることが多かった。しかしここでは、「細かく切ってソテーした鳩はとの内臓とフォワグラを、ホワイトアスパラガスにのせています。こういう濃厚なソースもいいと思って」。たしかに、フライパンで焼いたホワイトアスパラガスは、風味が凝縮されて本来の個性が浮き彫りになる。濃厚なソースを合わせると、その個性がさらにしっかりと感じられる。

カンテサンスのホワイトアスパラ料理
ホワイトアスパラガスと、細かく切ってソテーした鳩のレバーとフォワグラを合わせた、異色の組み合わせ。ホワイトアスパラガスはフライパンで焼くと、風味が凝縮し、ジューシーでありながら力強い味わいを獲得。これが、レバーとフォワグラの濃厚な味わいと合わさることでさらに際立つ。

自分のペースで社会問題に取り組む

なお岸田氏は料理を考案する際、あくまでも素材に自分の意識を集中させる。今、時代のキーワードとして食の世界で重視されているフードロスの削減や、農業、漁業、畜産業でのサステナビリティについても、関心を持ち把握はするが、あえて自分の料理に、積極的に結びつけようとは思わないという。

「レストランのフードロスについては、店を始めた16年前から実践しています。おまかせ一本で行こうと決めたのは、食材のムダが一番出ないスタイルだから」という。“フードロス”という言葉がない時代からそれを実践しているのだ。

またサステナビリティに関しては、海産資源の保護についてとくに意識している。仕入れを通じて16年間にわたり日本の魚介類に接してきたが、一定以上のクオリティーの魚が確実に減っていると日々感じているためだ。「これは飲食業界全体の大問題だと思っています。食材のレベルが下がれば提供できる料理の質も下がってしまう。それは、業界全体の沈下につながります。おいしいものが日本からどんどんなくなっていくのを黙って見ているわけにはいきません」という。

日本の魚は、絶滅に向けて赤信号、濃いめの黄信号、黄信号の魚種が非常に多い。

「でも、じゃあそれらの魚種を店で使わないかというと、そうしたい思いはありますが、実際にやるとなると作ることができる料理がごく限られてしまう。それに、漁師さんの生活も考えなくてはいけません。資源回復のために何年間か禁漁にしたら廃業する漁師さんも出るでしょう。となると、世界でも最高峰の日本の漁の技術がついえてしまう。そうした事態は避けなければなりません」

一番大事なのは、乱獲を避けて水産資源を増やしつつ、サステナブルな漁法を続けていくこと。「そうした漁師さんを応援したい気持ちは強く持っています」という。

店や料理に対峙する姿勢はブレず、「今後も変わらないと思います」と話す岸田氏。「なので、流行のキーワードにのるのではなく、自分のペースで社会問題に取り組んでいきたいと思っています」

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata

岸田 周三

カンテサンス 岸田 周三

Shuzo Kishida
1974年愛知県生まれ。フランスではパリ「アストランス」のパスカル・バルボ氏の右腕として働く。帰国翌年の2006年カンテサンスのシェフに。2011年にオーナーシェフとなり、2013年に白金から御殿山に店を移転した。
このシェフについて