神楽坂 石かわ | 石川 秀樹 脆美豊満心を乱す

石川秀樹氏が今回使った蟹の産地を尋ねると、「蟹に限らず、食材の産地はどうでもいい」とにべもない。

「もちろん、よりおいしいものを選びますが、この産地でなければダメだと決めつけるのがイヤなんです。頭が固くなるじゃないですか。若い子だって、例えば『鯛は明石産が一番だ』などと教えられると、そこしか見えなくなる。確かに明石産の鯛は年間通してレベルが高く、おいしいものが多いけれど、もし今日手に入らなかったらどうするんですか。産地ではなく、いい食材を見る目を育てないと、柔軟な発想もできなくなります。どこでもおいしいものがたくさん取れるし、今日取れたものの中でも個体によっておいしさは違う。あちこちから集まってくる築地市場でいろんなものを見て、いいと思ったものを選ぶ。うちで使う食材の産地は、僕が選んだものが結果としてどこだったか、というだけです」

「神楽坂 石かわ」石川秀樹氏
新潟県の燕市出身の石川氏は、子どものころから「イヤんなるくらい」蟹を食べたという。お父さんが漁港で“仕入れた” 蟹を一度に丸ごと2、3杯!今でも大好きな食材だ。

横合いから阿吽の呼吸で、虎白の小泉瑚佑慈氏が「石かわ産です」と一言。言い得て妙だと感心した。「料理人にとって大事なのは、産地で食材を選ぶのではなく、いい素材を見極められる目を持つことだ」というのが石川氏の考えだ。

「そうして素材をえりすぐることに加えて、組み合わせと調理法などで、今までありそうでなかったものを考える。新しい価値を作ることが仕事だから、よその店では食べられないものを作らないと、お客さんがうちに来る意味がないでしょう? そこを一生懸命考えます」

「神楽坂 石かわ」石川氏が作った蟹料理
白子のふんわりした食感とやさしい味わいに、蟹の淡泊なようでいて濃厚な旨みがガツンとくる。“蟹湖”に“白子島”が浮かんでいるような仕立てがまた美しい。器は岐阜県の陶芸作家、瀧川恵美子(たきかわえみこ)氏の志野(桃山時代の名陶)の写し。

今回の蟹と白子をあえた料理も、言われてみれば、ありそうでなかった組み合わせだ。

「店でも、フグの白子を焼いて、蟹のエキスをかけた料理は出しています。ただ、それだと白子がメインになっちゃう。今回は、蟹の身とフグの白子をゆっくり炭火で焼き、蟹を丸ごと煮て出したスープを葛で薄くひいて、蟹の葛餡仕立てにしました」

石川氏は「本当はスープだけにしようと思った」そうだが、読者が目でおいしさを感じられるよう“写真映え”を考慮してくれた。蟹の葛餡は幻想的な水をたたえた湖のような、海のような美しさ。そこにフグの白子が今まさに沈もうとしながら、迫力ある存在感を示している。味わいはもちろんのこと、目にもおいしい上品な一品である。

「虎白と蓮がどんなものを出してくるか、今のこの瞬間まで知りませんでした。僕は“大将権限”で、自分の作る料理を彼らに告げただけ。いやあ、二人ともちゃんとわかってるなと感じました。虎白には『いろんなことにチャレンジしろ』、蓮には『石かわよりもっとシンプルを追求しろ』と言っているので。で、シンプルにして組み合わせの妙が楽しめる料理をコンセプトにしている石かわがあって、3店の特徴、『らしさ』がきれいに出た蟹料理がそろいましたよね」

石川氏は頬を緩める。

3店に共通するのは「ここでしか味わえないおいしさ」を提供すること。“石川一門”の進化はとどまる所を知らない。

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Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba
※『Nile’s NILE』2018年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

石川 秀樹

神楽坂 石かわ 石川 秀樹

Hideki Ishikawa
1965年新潟県生まれ。高校卒業後、洋食器の卸問屋へ就職。85年に上京し、原宿の割烹「さくら」で日本料理の世界に入る。90年より青山「穂積」、乃木坂「神谷」などで修業を積む。その後、埼玉や八重洲の割烹で料理長を務め、2003年に「石かわ」を開業。08 年に移転。09年には『ミシュランガイド東京』にて三つ星の評価を得る。姉妹店として08年「虎白」、09年「蓮」、20年「波濤」「NK」「愚直に」をオープン。
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