日本料理 かんだ | 神田 裕行 料理の美・空間の美

今年の2月、「日本料理かんだ」は開業の地である元麻布から虎ノ門に移転した。
新しい店舗は杉本博司さんが主宰する建築設計事務所「新素材研究所」の手によるもので、日本の伝統的な美意識と、モダンな感性が融合されているのが特徴。
神田裕行氏が新しい境地に臨むにふさわしい、清々しい空気に満ちている。

  • 日本料理かんだの内観
    カウンターと庭が平行に延びる景色は、シンプルさゆえに見る者に与えるインパクトは強い。
  • 日本料理かんだの内観
    内装には木、石といった自然の素材を取り入れ、それらの質感を最大に生かすデザインに。庭の緑とよく調和する。

今から18年前、2004年に神田裕行さんがオープンした「日本料理かんだ」。当初はカウンター9席と個室1室の小さな規模で、元麻布の閑静な住宅街にひっそりと暖簾を掲げる、さりげないたたずまいであった。

ただしその中で繰り広げられていたのは、実にダイナミックな料理世界。神田さんの確かな技術とセンス、日本料理や日本文化への深い理解に基づいた品々は、国内外の食の経験豊かな人たちを大いに引き付けた。また、2007年にミシュランが日本に上陸して以来、15年にわたり三つ星を維持する唯一の日本料理店としても名をはせてきた。

そんな「かんだ」が、移転する。設計を担当するのは、かの杉本博司さん―このうわさが食に興味を持つ人たちの間を駆け抜けた時、大きな期待が巻き起こった。

神田さんは日本料理の尊さを理解しながら、それを現代性と融合させて独自の世界を表現することができる料理人。一方の杉本さんは、日本の伝統文化や古美術を知悉し、日本の美意識に基づく鋭敏な感性を持ちつつ、世界に向けて発信し続けてきたアーティスト。とりわけ写真作品で知られるが、建築の分野による活動も多く、建築設計事務所「新素材研究所」も主宰する。ジャンルこそ違うが、共通する哲学を持つこの二人が組んで手掛ける新店は、伝統と斬新さを併せ持つものになるに違いない。そんな店の実現が、大いに待ち望まれた。

今年の2月に披露された新しい店は、人々の思いの上を行くものだと言っていいだろう。洗練されたミニマムな、そして日本人のDNAに根ざした自然な世界がつくり出されている。木、石、土といった天然素材が存在感を発揮しながら同居し、調和する内装。高い天井が生み出す開放的な雰囲気。窓の外には露地を思わせる庭を配置。ウェイティングスペースは茶室に併設された待合のデザインが取り入れられている。ちなみに店の面積は倍以上になったが、席数は変わらず、カウンター9席と個室1室。贅沢に空間を使った、ゆったりとくつろげる場となった。

  • 「かんだ」の文字を彫った石碑
    庭には灯籠、祠、井戸などが点在する。「かんだ」の文字を彫った石碑もその一つ。
  • 日本料理かんだの通路
    店の入り口と、カウンターを備える部屋をつなぐ通路。右はウェイティングスペースで、そのデザインは茶室に併設される待合席のよう。

カウンター内の壁の一部には、正倉院のものであると伝わる古材が用いられているが、これは杉本さんのコレクションからの品。一方、カウンターに使った木材は奈良の春日杉。神域である春日の山では、木材は伐採できないが、台風などで倒れた木のみ材として用いてよいとされる。その貴重な杉で、美しい木目が印象的なカウンターをつくった。

なお、カウンター奥の壁の棚は、あえて元麻布の店を彷彿とさせるデザインとしている。盟友にして若くして亡き人となった前店の設計者の造形を引き継いだ。

日本料理かんだの個室
カウンターのほか、個室を1室設ける。カウンターの部屋の床石は力強さが魅力だが、こちらの個室の床石はなめらかで洗練された印象。黒い色もスタイリッシュ。シンプルな中にも優美さを備えた空気をつくる。

この空間で、神田さんはあと12年間カウンターに立つ予定だという。「今私は58歳。現代は70歳まで現役という時代」と話す。「12年は約4400日で、そのうち休みの日もあるから営業できるのは3000日くらいでしょう。人生は有限。その中で精一杯のことをやろうと思っています」

日本料理かんだの椀

「料理は絵画に通ずる」は神田さんの料理の命題だ。今回は「伊藤若冲」をテーマとした椀を特別に作っていただいた。

ふたを開けて広がるのは、初夏の鳴門の海の情景。蒸した鮑、蛤、あさりが、素麺で作った渦潮の中に躍る。あさり、酒、昆布でとった出汁は、海のエキスが閉じ込められたような旨みと風味。ここに酢橘をキュッと搾っていただく。

「若冲の世界観は、緻密なディテールの集積で作られています。画面は細部で埋め尽くされる。その点、余白を重視する他の日本画家とは違う」と神田さん。

日本料理の椀でも余白のある盛り付けが基本とされるが、神田さんはあえて、具材で椀の中を埋め尽くすように景色を作った。その躍動感は、まさに鳴門の海だ。単に細かいのではなく、細部にまで命が宿る。

一見過剰に思えるが、一つとして無用なものはない。そんな若冲の作品と同様に、この椀はにぎやかで生命力に満ち、かつ余分な飾りがない。まさに「若冲が料理人だったら」という想像をかき立てる一品だ。

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata

神田 裕行

日本料理 かんだ 神田 裕行

Hiroyuki Kanda
1963年徳島県生まれ。大阪の日本料理店で4年半の修業後、86年にパリの板前割烹「TOMO」の料理長として渡仏。91年に帰国し、小山裕久氏が料理長を務める徳島の料亭「青柳」へ。赤坂の日本料理「basara」の料理長を務めるなど青柳グループの東京進出に尽力。2004年東京・元麻布に日本料理店「かんだ」をオープン。07年から『ミシュランガイド東京』で三つ星の評価を得ている。
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