共鳴する思念 杉本博司×神田裕行

神田 杉本さんとは、紹介で出会ったんですよね。新店のデザインを杉本さんに手掛けていただきたい、と友人に相談したところ、そこから生まれたつてで願いが実現したんです。

杉本 そう、人づてに紹介してもらいました。自分も神田さんの料理が好きで、共感するところが多かったので、手掛けられることが楽しみでしたね。

神田 もともと前の店は設備として足りないところが多かったので、2020年に予定されていた東京オリンピックに向けて移転し、ハード面を強化しようという計画を立てていました。海外からのお客さまがいっそう増える見込みでしたから、彼らが「ミシュラン三つ星」に期待する設備をそろえたい、という思いがあったのです。

杉本 前の店は三つ星なのにどこにあるのか分からないような場所にあるし、狭いし(笑)。でもあの狭い中で最高の料理を食べる、という感じも好きだったけれどもね。

神田 それは私も思うことです。たとえばお椀の繊細な出汁を味わうなら、ある程度狭い空間じゃないと分からないでしょう。極端な話ですけど、体育館の真ん中で食べるのとは全然違う。

杉本 空間の中で「気」が散らないのが大切です。

神田 なので、今の店をデベロッパーの人から初めて見せてもらった時はどうなるかと思いました。天井高が7mと言われて……。

杉本 料理に集中するには7mの天井は高すぎます。なのでカウンターの上の天井を、意図的に低くつくりました。その一方で、庭に面した窓は高い。植栽、塀の上に空が見えるようになっています。

神田 広々とした空間でありつつも、カウンターに座ったら料理に集中できるデザインにしていただきました。

杉本 光についても、相当気にしましたね。陰翳礼賛じゃないですけれども、お椀から立ち上る湯気が見えるようにするには、煌こうこう々と明るいところじゃない方がいいですよね。

神田 和敬清寂の精神です。そういう意味では、ワクワクするような空間にしていただいていますが、最終的には前の店とも共通するような落ち着きの中で食べている。

杉本 だから、いくら充実した店にするといっても、高級料亭風にはしたくないなという思いは当然ありましたね。

神田 私もあくまでも割烹というイメージでやっています。それこそミシュランが日本に来た時に彼らからインタビューを受けたのですが、その時は「日本では小さい店が高く評価される」ということを説明しました。フランスで三つ星というと入り口が豪華で、ドアマンがいて、料理人が作った料理をテーブルまで持っていく人が別にいて……というのが王道です。でもその考え方だけでは日本料理店は理解できませんよ、と。

杉本 あちらの価値観での贅沢なもてなしと、日本のそれは内容が違いますからね。

神田 そうなんです。そこで一番参考になるのは茶室だと思います。茶室はお客さまをもてなす空間として進化してきました。最初は豪華なものだったのが、利休が縮めに縮めて、最後は2畳までいった。結局は豪華さよりも、もてなしたいという心があれば客に近い方がいい―という感覚なのでは。

杉本 神田さんの店では、神田さんとお客さまとの距離が近いですよね。

神田 はい。なぜ私がカウンターの店にしているかというと、作った人間がダイレクトに渡すという、一番ミニマムな人間関係で客と店主がいるというようにしたかったからなんです。料理に関して自分がずっと考えているのは、素直に自分がおいしいと思うもの、自分が食べたいと思うものを作りたいということ。カウンターでは、こうして作った料理を、お客さまにまっすぐに届けられるんです。

杉本 それが、いちばん贅沢なこと。

神田 これをやると料理人はあまりもうからないのだけれど(笑)、でもプライドのためにやっているんです。杉本さんは、こうしたことを分かってくださっていますし、実際、杉本さんの料理の腕前は相当なものです。よくお客さまを招いて料理をふるまってらっしゃいますが、杉本さんの作る料理は余分な飾りが一切なく、シンプル。

杉本 お客さまにお作りする時は、「料理屋に飽き飽きした人が食べたい料理は? と考えると、こういうものになるかな」と考えますね。私は料理屋で「何かお苦手なものはありますか」と聞かれると「ごちそう」と答えるくらいだから(笑)。

神田 嫌なお客さま(笑)! でも、いい意味で“ 侘わ びた”料理がお好きですよね。

杉本 それが日本料理の割烹の伝統だと思っています。神田さんの料理はこれらの伝統を踏襲していて、私はそれが好きなんです。二人は感覚が似ているんですよ。

神田 似ているということは、最初から私も思っていました。杉本さんの作品は私も大好きです。だからこの店のデザインを杉本さんにお願いできると決まった時は、「ここで、杉本さんに暴れていただこう!」という気持ちでいました。

杉本 予算の中でね(笑)。

神田 予算の中で、ぎりぎりまで攻めてもらって(笑)。特に素材は思うものを集めていただきたかったんです。依頼する時は、厨房とカウンターの間の動線はこう、トイレに行く道はこうしたい、という希望などは伝えましたが、素材については100%おまかせしました。

杉本 素材は自然素材です。それも無垢。張りものはなしで。使えば使うほど味が出てよくなる。そういう場所にしています。

神田 完成した店を見て思ったのは、木や石の自然なマチエールが持っている清潔感のすばらしさです。清潔感に対する思いは僕も相当ですが、杉本さんはもっと強い。そういう人がつくってくださった空間なので、清々しさが段違いです。

杉本 素材は一緒に選びましたよね。

神田 はい、一緒に産地まで足を運んだこともありました。このコロナ禍でよくないことはいろいろあったけれど、逆に、店づくりではいいことがあったんです。というのは、いつもは一年の半分はニューヨークにいらっしゃる杉本さんがあちらに帰れず、ずっと日本にいてくださった。しかも工事も、デベロッパーの都合で大幅に遅れていた。なので、店のことをじっくり、集中して考えていただく時間ができたのです。

杉本 その点に関しては、ラッキーでしたね。

神田 私は、これは神さまの啓示だと思っています。「お前、ちょっと待て」と(笑)。この時間に、杉本さんにカウンターに使う木の産地、床に使う石の産地に連れて行っていただくなどしました。人のいない江之浦測候所をご案内くださったこともありましたね。とてつもない贅沢です。

杉本 施主の方と一緒に使う材料を一つずつ探しに行く、買いに行くということは私にとっても非常に重要なことですが、なかなかできるものではありません。

神田 数ある素材の中でも、私はカウンターの春日杉が特に気に入っています。

杉本 春日杉は、奈良の春日大社の背後にある山からの杉ですが、このエリアは神域であり、特別天然記念物に指定されている原始林でもあります。木を切ることはできません。そんな中、ごくたまに台風などで木が倒れたら、それを木材にしていいことになっています。なので世に春日杉「もどき」はあるのですが、本物はとてもまれ。

神田 神域で育った神々しい木なんです。

杉本 板としては、はっきりした木目に特徴があります。時間の経過とともに、木目がいっそう浮かび上がり美しさを増していきますよ。

神田 今回、杉本さんの古美術のコレクションも内装に使っていただきました。カウンター内で柱に使っているのは、正倉院のものと伝えられる古材。奈良時代のものです。庭の祠も杉本さんが持ってきたもの。「かんだ大明神」と呼んでいます(笑)。

杉本 この店をやるのは10年間と決めているんでしたっけ。

神田 そうです、私が今58歳で、70歳まで現役と考えているので、厳密にいうと12年なのですが、目安としては10年です。私が前の地で「かんだ」をオープンしたのが40歳の時。とにかくお金がなかったので、カウンターは、最初は合板ですよ(笑)。でも一足飛びに高級店をつくるのではなく、年を重ねるごとによくなりたい、お客さまと育っていきたいという思いが自分にはあり、今までやってきました。これからの10年もそうありたいと思っています。

杉本 そのあとは悠々自適(笑)?

神田 まだ分かりませんが(笑)。若いスタッフたちにとっても、杉本さんがつくったこの空間で働けること自体が素養になるというか、目が磨かれていくと思っています。だから、スタッフがこの後どうなるかも楽しみなんです。

(左)杉本博司さん(右)神田裕行さん
対談は都内にある杉本さんの事務所で行われた。自然の素材と、アクリルやガラスといった現代の素材が融合する空間だ。軸にあるのは「欠伸(あくび)」。「杉本さんが、僕のために選んでくれた言葉がこれ(笑)」と神田さん。

杉本博司(すぎもと・ひろし) 
1948年、東京都生まれ。70年に渡米、74年よりニューヨークに在住する。写真を中心にインスタレーション、建築、造園など多岐にわたり活動。2008年に建築設計事務所「新素材研究所」、09年に公益財団法人小田原文化財団を設立。17年10月には小田原文化財団「江之浦測候所」が開館。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、09年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)など受賞多数。17年文化功労者。

Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata