カンテサンス | 岸田 周三 食材を生かした、食材が主役の料理

食材を守りつつ、料理人としても飛躍できる時代に

平成に料理人となり、瞬く間に頭角を現した「カンテサンス」の岸田周三氏。食材が激減した時代を経て、令和は「海洋資源を守り、回復させる」と意気込む。食材が主役の「本当においしい料理」が求められる時代の一皿とは。

食材は命。令和で海洋資源をV字回復させるのが願い

ウマヅラハギの真っ白い身で、肝や揚げた桜エビ、アサツキなどを包んで。中に1匹だけ桜エビを含ませたのは食感と香ばしさを加えたかった。一瞬だけ火を入れた半生のヤリイカや丸ごと揚げたアーティチョークとともに盛り、刻んだ桜エビやアサツキなどとエゴマ油のソースをかけ、長野県の野草を散らしている。

「カンテサンス」岸田周三氏が作る令和の料理
ウマヅラハギと揚げた桜エビの組み合わせが新鮮。「肝も身も柔らかいウマヅラハギに、桜エビで食感を加えました。貴重な食材を入手するために生産者と密にコミュニケーションを取っています」(岸田氏)

「旬の食材をふんだんに盛り込み、日本は一つの季節でこれだけの味わいが楽しめる豊かな国であることを表現しました。同時に、この先もこういう料理が作れる国であってほしいという願いを込めています」と岸田周三氏。

「実は桜エビは今、漁獲量が減り、漁そのものがほとんど行われなくなっているくらい危機的状況にあるのです。このままいくと、桜エビが絶滅してしまう可能性も十分にあります」

桜エビはまだ資源管理されているが、他の海洋資源の多くはルールのない、「獲と り放題」の状態だと岸田氏は続ける。もちろん水温上昇など地球環境の変化も、海洋資源の減少に大きな影響を及ぼしているが、昭和の後半から平成を通しての、“乱獲”により、鮪だけでなくどの魚介類も急減しているというのだ。
 
奇をてらうよりも、「とにかくおいしいこと」を追求する岸田氏にとって、食材は命だ。だからこそ毎月、文化庁に赴いて規制作りの必要性を訴え続け、志を同じくする料理人集団「シェフス・フォー・ザ・ブルー」での活動に励み「令和という時代で海洋資源をV字回復させたい」と力を込める。

令和はシンプルでおいしい料理が生き残る

中学生だった昭和の頃、母親が図書館で借りてきた『料理長』という本を読んで、志摩観光ホテルの「ラ・メール」の当時の高橋忠之総料理長を知り、実際に料理を食べてみたくて家族で訪れた。「鮑のステーキの今までに味わったことのないおいしさ」に感動し、「いつかここで働こう」と心に決めたという。のちに同店に入ってからの、料理人人生のすべてが平成にある。

「エル・ブリの存在が大きかったと思いますが、平成は古典フランス料理から脱フランスが進み、フランス以外からさまざまなスターシェフが生まれた時代。フランスでもピエール・ガニェールが注目されて、科学的なアプローチを始め、自由な、何でもありの時代になりましたが、そうした傾向に皆、ちょっと疲れてきているのかな、とは感じています。今後はシンプルにおいしい料理が生き残っていくだろうな」

食材を生かした、食材が主役の料理。それだけ、日頃から食材には目を向けているが、最近、静岡で衝撃を受けることがあったという。
カンテサンスの岸田周三氏

「筍農家さんで、掘りたてをその場で出汁で煮た筍が、びっくりするほどおいしくて。根に近い部分が、かんだ時にジュースがほとばしるくらいジューシーでした。日本にはまだまだ僕の知らないおいしいものがあるんだな、と悔しく思いましたね。だから、もっともっと考えることはたくさんあるな、と。食材を守りながら、自分自身もさらに飛躍していける時代にしたいですね」

料理人・岸田氏が語る、昭和の味、平成の味

子供だった昭和の時代で、記憶に残っている味といえば、母の家庭料理ですね。料理がうまい人なので、ハンバーグやカレーはもちろん、何を食べてもおいしかった。中でも、僕は豆アジの南蛮漬けが大好きで、これが食卓に上がるとものすごくうれしかったことを覚えています。

中学時代には、本で読んで知った志摩観光ホテルのレストラン「ラ・メール」を率いていた高橋忠之総料理長が作る料理を食べてみたくて、親に連れて行ってもらいました。この本は、当時の第11 代帝国ホテル総料理長の村上信夫さんと高橋総料理長の対談で、「料理長とは何ぞや」というテーマ。特に印象に残ったのが、29 歳の若さで料理長に就任した高橋さんが、地元の食材を追求した料理で「ラ・メール」を世界的に注目されるレストランに成長させたことで、すごいなあと。高橋さんのスペシャリテともいえる、鮑のステーキを実際に食べてみて、こんな料理があるんだと衝撃を受け、そのおいしさにめちゃくちゃ感動しました! 

平成に入って修業時代は、パリでも東京でもとにかくフランス料理を食べまくりました。シェフになってからは、いつ食べても驚きや発見がある日本料理とか鮨ばかりを食べていますね。

Photo Haruko Amagata Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』2019年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

岸田 周三

カンテサンス 岸田 周三

Shuzo Kishida
1974年愛知県生まれ。フランスではパリ「アストランス」のパスカル・バルボ氏の右腕として働く。帰国翌年の2006年カンテサンスのシェフに。2011年にオーナーシェフとなり、2013年に白金から御殿山に店を移転した。
このシェフについて