ナベノ-イズム | 渡辺雄一郎 日本の心とフランス料理の融合

日本の心とフランス料理の融合

ポール・ボキューズ氏のもとで5年、ジョエル・ロブション氏のもとで21年。平成を通して日本人の誰よりもフランス料理界の巨匠たちから薫陶を受けた「ナベノ- イズム」渡辺雄一郎氏が目指すのは、氏にしかできない、日本人の心とフランス料理の本当の意味での融合だ。

渡辺雄一郎 ナベノ- イズム

料理人人生と、時代の流れが不思議と合致

「ありがたいことに、僕の料理人人生と、時代の流れが不思議と合致しているのです」と渡辺雄一郎氏は言う。料理上手な母の料理を食べて育ち、辻調理師専門学校で学んだ昭和時代。平成元年にプロとして初めて現場に立つと、ポール・ボキューズ氏の「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」に入店した。後に憧れていたジョエル・ロブション氏が東京にレストランを開業すると聞いて飛びつき、以降21年間、ロブション氏のもとで腕を磨く。エグゼクティブシェフを11年間務めた「ジョエル・ロブション」は9年連続で『ミシュランガイド東京』の三つ星を維持。そして、3年前に独立開業した「ナベノ-イズム」が、昨年末に発行された平成最後の『ミシュランガイド東京2019』で二つ星に昇格した。「自分のやってきたことが間違っていなかった、と証明されたようで、ほっとして涙が出ました」と渡辺氏。

令和は、氏が確固たる自信を持って、自らの料理を披露できる記念すべき時として、幕開けを迎えたのだ。

「師のもとでずっとフランスを感じながら学んできたので、フランスの郷土料理や古典料理に根差したものであることは変わりません。その中で、日本人の僕にしかできない、日本の心とフランス料理の融合を目指したいと思っています」

100年後も食べ続けられている食材、料理がテーマ

今回は100年後も食べ続けられているであろう食材や料理をテーマに、江戸料理の伝統食材である鮪を選択。ニース風サラダは、春から夏のプロヴァンス料理の中でも渡辺氏が特に好きだというフランス料理の大定番だ。これをナベノ-イズム的な料理に再構築すべく、鮪は日本料理の包丁さばきに敬意を表して柳刃包丁でひき、サクごとに計量して、塩1.2%、トレハロース、黒胡椒、純米酒をまぶして真空にして漬け込んだ後、新時代に注目される調理器具、エマージュバーナーで瞬間的に炭火の香りをまとわせた。

そこにアーティーチョークやスュークリーヌ(南仏レタス)などの南仏野菜を合わせ、卵は奈良県の農家のブランド卵を凍結させ、卵黄のみを使用。アンチョビのフォンダンの滑らかなテクスチャー、凍結卵黄のねっとりした濃厚さ、愛媛県産無農薬レモンのさわやかな風味が織り成すハーモニーは、定番の材料を使いながらも新しさを感じる味わいだ。

ナベノ- イズム 渡辺氏の令和の料理
日本伝統食材とフランス伝統食文化を融合させたサラダニソワーズのイマージュ。ニースの伝統的なサラダニソワーズの構成要素を集めて、再構築した。どの食材を組み合わせても相性がよく、バランスがとれている。

鮪は昭和をともに過ごした高校時代の野球部の仲間が営む卸問屋から、次世代に残していきたい貴重な海洋資源の一つであるインド鮪の中トロを入荷したところにも、人と人、人と食材、人と時代のつながりの中で料理を手がけてきた渡辺氏のメッセージが込められている。

「最初は僕の新しい料理スタイルに、アレルギー反応を起こす方もいました。でも、例えば僕が毎日作っているそばがきとキャビアの料理でも、昔ながらのフランスのキャビアの食べ方が潜んでいるのです。突拍子もないことをやっているのではなく、あくまでフランス料理。その中で、次世代に残っていく、自分らしい料理を追求していきたいと思っています」

料理人・渡辺氏が語る、昭和の味、平成の味

昭和で思い出すのは母の料理ですね。自己流トンポーローが上手で、いまだに作ってくれますよ。あとは餃子や春巻き、グラタン、ハンバーグなど。「できあいを買ったことがない」というのが母の決めぜりふです。

もう一つ、僕の人生のキーワードになっている味が、辻調理師専門学校のフランス校で勉強していた時代に、パリの「ジャマン」で食べたロブションさんのジュレ・ド・キャビアですね。この衝撃の味が忘れられなくて、その秘密を知るためには潜入するしかない、と思ったのが始まりです。今、ナベノ-イズムでもお出ししているスペシャリテのそばがきとキャビアの料理も、この料理をリスペクトしインスパイアしています。
渡辺雄一郎 ナベノ- イズム

料理人になってからの平成の時代は、ソバリエの資格を取るために、そばをすごくよく食べましたね。せいろのシンプルな奥深さに魅了されました。もちろんフランス料理も大好きで、特にバターが好き。バターなしでフランス料理は作れないと思っています。ボキューズさんの師匠のフェルナンポワンさんの口癖で「とにかくバターをよこせ! もっとよこせ! まだだ! 何時もバターを!」というのが好きで、すごく共感しますね(笑)。温度帯であれだけ味とテクスチャーが変化するものって他にないですし、ソースベースの野菜の加熱、仕上げのモンテにはバターが必要ですから、フランス料理には欠かせない味の柱。日本人にとっての味噌や醤油、あるいは米みたいな存在です。プライベートでも、朝、トーストにまずいちじくのジャムを塗り、冷えたバターを削ったものをたっぷり載せて食べています。熱いトーストに塗って溶かしたバターと違って、油っこさがなくておいしいですよ! 食べ過ぎには注意ですが(笑)。

Photo Masahiro Goda Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』2019年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

渡辺雄一郎

ナベノ-イズム 渡辺雄一郎

Yuichiro Watanabe
1967年千葉県生まれ。辻調理師専門学校を卒業後、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」に勤務。1994年、恵比寿「タイユバン・ロブション」の立ち上げから入店し、2004年から11年間、「ジョエル・ロブション」の総料理長を務める。2016年、浅草駒形にて「ナベノ-イズム」を開業。2019年にミシュラン二つ星を獲得。
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