龍吟 | 山本 征治 本物との対話

個を表現する時代は終わった。これからは、未来に継承されるべき「本物」を追求する時代だ――。日本料理がいかに多彩で精神性豊かなものであるかを伝えるために、「龍吟」山本征治氏は今日も全霊を注ぐ。

「龍吟」山本征治氏

本物の日本料理にフロントラインに立つ

「昭和は日本料理の基礎が確立された、“アナログ”な時代。料亭があり、花柳界が栄え、お金をたくさん使う旦那衆をもてなすために料理とお酒がありました。日本料理が半分、お酒の肴だった時代です。それが平成になり、デジタル化やSNSの発展により、老舗の料亭の主人などでなくても個人の発信力によってオリジナリティーが評価される時代になりました。他のジャンルの料理人とも交流することで、ジャンルを超えた“俺料理”といったものが、注目されるようになったのです」

山本征治氏も、平成に注目されたスターシェフの一人だ。だが当人は、「もう山本がどうの、なんて言っている場合ではない」と言う。

「料理人ができるのはしょせん、人間の技。本当に尊いのは食材です。大根から漬物を作ることはできても、大根そのものをゼロから作り出すことは人間にはできません。日本の土地や気候があって、そこに生命が宿り、初めて生み出される素材こそが貴重。そして日本の自然環境のすばらしさを、日本独自の精神性とともに表現するのが日本料理なのです」

今回、選んだ食材は花山椒。それも一般的に流通している雄花ではなく、より優しく繊細な味わいを持つ雌花だ。

「花山椒って、お肉に添えられることが多いでしょう。肉の脂肪分やたんぱく質の焦げた香りが花山椒のぴりっとした風味によく合うのです。今回は花山椒を主役にするため、炊いたかんぴょうをお肉と一緒に焼いて肉の油脂をまとわせ、肉を取り除いたかんぴょうを合わせました」

「龍吟」山本征治氏の令和の料理
三彩の人間国宝、加藤卓男氏のラスター彩の器の上で、かんぴょうの茶、花山椒の緑、皿の白が三色をなしている。花山椒という“山菜”を使っていることも三彩につながっている。

ちなみに、かんぴょうには通常の砂糖ではなく、カナダが誇る本物、メープルシロップを使用してコクを出した。そこにイタリアの本物、バルサミコ酢で酸味を加え、醤油は200余年の伝統を持つ日本の本物、丸中醤油を使用している。器は3色で彩色を施した陶器、三彩の人間国宝・加藤卓男氏が、ペルシャ伝統のラスター彩の技術を復刻させたもので、金を使わずして神々しい黄金の光を放つ本物だ。本物尽くしの皿の中で、牛肉の油脂や酸味、コクのある甘みが効いたかんぴょうが、花山椒の雌花が持つ柔らかな辛みを引き立てる。いつまでも食べていたくなる、後を引く旨さだ。

「個人の料理ならば、『あのシェフの料理はもう食べたね』という経験で終わってしまいます。でも本物の日本料理は、未来に受け継がれるべき永遠のもの。海や山などの日本のテロワールと精神性がある限り、終わることはないのです」と語る山本氏。

「文化庁公布、文化芸術基本法の第十二条の中に、一昨年初めて食文化が追加されました。料理人の誰かを担ぐのではなく、その人が担いでいる日本料理が、世界にアピールできるものになることが理想。そして、じゃあ、本物の日本料理はどこで見つかるのかと聞かれた時に、この店だ、と言われる場所でありたいのです」

本物のフロントラインに立つ。この気概を持った料理人がいる限り、新時代の日本料理はさらに進化したものになる。

料理人・山本氏が語る、昭和の味、平成の味

店のメニューに鶏釜飯があるのですが、それは子供時代の昭和の頃、故郷の高松で通ったうどん屋さんで食べた味を想像しながら作った料理です。もちろん、うどんもよく食べました。香川って実は県木も県花もオリーブなので、うどんにもオリーブオイルをかけて食べるのです。だから僕にはオリーブも故郷の味ですね。本格的に料理の世界に入ったのは平成元年です。修業した日本料理店で、刺し身には切れ味という味があることを知って衝撃を受けました。料理人の包丁使いによって、舌触りや味が全然違うのです。

近年では、香港に店を出したことで香港の中国料理店に行くようになり、中国料理って本当にすごいな、と感じています。スープの中に、ボールのような豚の胃袋が浮いていて、それを割ると鶏が1羽丸ごと入っている。さらにそれを割ると中に燕の巣がどっさり詰まっている、という料理には感動しました。香港の「セレブリティーキュイジーヌ」という店のスープも、背筋が伸びるようなおいしさ。
「龍吟」山本征治氏

日本料理は食材をシンプルに生かした「しみじみおいしい料理」で、フランス料理は味がはっきりした「いきなりおいしい料理」だと思っているのですが、中国料理は言葉では形容しきれない、「何とも言えないくらいおいしい料理」。しかも、西洋のようにシェフが表立っているのではなく、誰が作ったのかわからないものが自然に出てきて、それでいてすごくおいしい。歴史があるからこそでしょう。そういうところは見習いたいですし、日本料理でも表現できるんじゃないかなと思いますね。

Photo Masahiro Goda Text Rie Nakajima
※『Nile’s NILE』2019年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

山本 征治

龍吟 山本 征治

Seiji Yamamoto
1970年香川県生まれ。四国調理師専門学校を卒業後、14年間の修業時代を経て2003年、六本木に「龍吟」をオープン。12年に香港で、14年には台北でも「龍吟」をプロデュースする。「世界のシェフ100人」で5年連続世界トップ10入りを果たすなど、国内外で高い評価を得る。18年、東京ミッドタウン日比谷に移転。『ミシュランガイド東京』では11年連続で三つ星として掲載される。
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