異次元の旨さに愉絶快絶

日本海のカニは、鳥取の誇る名店「かに?」に極まる

鳥取の名店「かに吉」。店主・山田達也氏の手によるカニ料理が、どこにもない異次元の味わいなのだ。誰もがその旨さに“瞬殺”され、愉絶快絶の笑いに身をよじること必定である。

「かに?」店主の山田達也氏
山田達也(やまだ・たつや)氏。1965年兵庫県生まれ。東京の大学を卒 業後、会社員、和食店勤務を経て、30年 前に帰郷。叔父の営む「かに?」を継ぐ。 以来「極上の松葉がに料理」を追求し て日々研鑽を積み、2018年にはミシュラ ン京都・大阪+鳥取で二つ星、19年に は料理マスターズのブロンズ賞を受賞。 国内外の著名人にもファンが多い。

「かに?」を訪問して5分と経たない間に3回、強烈なパンチに見舞われた。一発目は「まず、これを食べてみて」と供されたカニ味噌の滑らかにしてコク深い味わい。旨みが舌から脳に向かってじんわり浸透していくようでシビれた。二発目は大皿に盛られた4杯の松葉がにのド迫力。重さ約1.5㎏と横綱級の貫禄、美しい色つや、爛々と輝く“目力”に圧倒される。そして三発目は、無臭に裏打ちされた、獲れたての清新さ。いわゆる“カニくささ”が全くない。メイン料理に入る前に、もうノックアウトされた心地だ。それでも不思議と、いつの間にか次の展開に期待しつつ、ファイティングポーズをとる自分がいる。

これは「かに?」の仕掛ける“洗礼”なのか。続いて登場した二つの料理、カニすきと焼きガニがまた、料理法から食べ方、おいしさまで、すべてがカニの概念を覆すものだった。

カニを超えるカニ

店主の山田達也氏は毎朝、鳥取県との県境にある兵庫県・浜坂漁港に水揚げされる松葉がにを買い付け、その日のうちに使い切る。「日本一の目利きである母が選ぶ」というカニは、「ヤケ」と呼ばれる黄色いシミも、ほんのわずかなキズも一切ない、正真正銘の特級品だ。

「身に旨さをパンパンに蓄えた立派なカニを、心を込めて命がけで料理してお客さんに喜んでいただく。そうしてカニに成仏してもらいたい」

そんな彼の心意気は、カニすき一品から十分過ぎるくらい伝わってくる。料理法としては、まずカニをふんだんに使ってとった出汁を煮立たせた鍋に、白菜、ネギ、椎茸など、鳥取県産の具材を入れる。次に頃合いを見てカニの脚を入れ、静かに泳がせる。色合いを見ながら、「今だ!」の瞬間に引き上げ、殻から半分ほど身をはずして出汁をかける。「スープを一口飲んで、がぶりといって」の言葉を合図に脚肉にかぶりつく。繊細な料理法とは対極にあるダイナミックな食べ方に、旨さがいや増すというものだ。口の中で旨さが炸裂する。また脚も爪も胴も他の具材も一つずつ火入れを変え、余熱を駆使しながらの低温調理で料理し、具材ごとに皿をかえて出していくのが「かに?流」。カニすきの世界が一変する細やかさだ。

「かに吉」のカニすき
上品でコクのある黄金色の出汁の中で具材たちが優雅に泳ぐ。カニすきには、数年前の欧州旅行で開眼した「熱々ではない料理のおいしさの表現」を取り入れている。ベストな火入れを行うため、山田氏がテーブルにつきっきりで料理するので、客は昼夜で4、5組がリミットだ。

次の一品は焼きガニ。余計なにおいがつかないように、「絶対に焦がさない」のが鉄則である。「ポイントは?」と尋ねると「火入れだね」の一言。「火入れ8割で、最後に一瞬あぶる」という。脚先で殻から身をすっとはずすと、山田氏は「一気にどうぞ」とニンマリ。ほどよくレアのふっくらとした身が口の中でほどけながら、ほの甘く旨い汁を出す。胴体もいただいたが、こちらはいつまでもしゃぶっていたくなる味わいだった。

カニ味噌、カニすき、焼きガニと、カニ料理の王道をいく3品を堪能し、山田氏がいかにカニと真剣に向き合っているかが分かった。と同時に、どんなふうにしてこの境地に達したのか、疑問がわいてきた。故郷に返り咲いて30年、松葉がにとともに歩んだ料理人人生を語っていただくとしよう。

  • 「かに吉」のカニみそ
    まったり、つややかなカニ味噌。山田氏は「ほんの少し酒を入れて、軽く炊いただけ」とサラリと言うが、味わいの底深さといったら!この一品だけでカニの世界観が根底から覆るくらいだ。
  • 「かに吉」の焼きガニ
    鮮やかな朱の殻をまとった、香り高い焼きガニ。「火の通ったレア」の状態になったカニの身のみずみずしく、とろりとした食感が口の中に広がる。

今も進化の真っ最中

山田氏は浜坂漁港の目の前の実家で、母、妻と三人で暮らす。

「かに?はもともと叔父が開いた店。ただ多額の借金を負い、カニの仲買を生業とするうちの両親が引き取ることになったんです。その時に僕は東京から呼び戻され、3年後に父が亡くなった。その辺りからカニとともに生きる毎日が始まりました」

最初に手掛けたのは、叔父の時代に使っていた冷凍のカニを自ら仕入れるカニに変えたことだ。しかしどんなにいいカニを使っても、客足は伸びなかった。「何だか三流だとバカにされているような気すらした」という山田氏は、悔しさをバネに「カニの魅力をより多くの人に伝えたい」一心で、必死の努力を積み重ねたそうだ。

「もっと良いカニを、もっとおいしい料理法をと研けん鑽さんを続けるうち、自然と今の形になりました。その中で一番大きかったのは、10年ほど前に料理評論家の山本益博さんに評価されたことですね。国内外の一流店に連れて行っていただいたり、厳しい視点からアドバイスをくださったり。感謝に堪えません。でも僕はまだ進化の途上、頂上が見えないくらい下の方でもがいている感じです。お客様に感動の扉を開いてもらうのが僕の仕事。昨日より今日、今年より来年と、少しずつ味わいを洗練させていきたいですね」――力強く語る山田氏は、常にお客様に「感動した、よし、もう一度」の食体験を提供したいと貪どん欲よくに求める料理人なのだ。

  • 掛け軸
    元横綱の貴乃花が、あまりの旨さに感動して贈った掛け軸。歴代横綱の手形を集めた“レアもの”だ。今も地域の子どもたちに相撲を教える元力士の山田氏だけに、眺めるたびに心を鼓舞していることだろう。
  • カニ
    「横綱がみんな大きいわけじゃない。カニも同じ。どんなに大きくても、あけてみたらスカスカ、なんてこともある」と山田氏。学生相撲出身らしい分かりやすい例えで、「だからこそ目利きが重要だ」と語る。
  • 地元・鳥取の野菜
    カニすきを盛り上げる、地元の野菜たち。「かに?」は松葉がにのシーズン後の5月から「なつ?」に衣替え。日本海の海の幸を始め、鳥取和牛の万葉牛や 野菜など、“地物”をふんだんに取り入れた料理を提供。
  • カニすき
    鳥取駅前に店を構える「かに?」は、カニすき・焼きガニ・カニ刺しの三つのコースが中心。ゆでガニの姿盛り、雑炊の魂炊、カニフライなどの単品をプラスして楽しみたい。高価だが、「原価8割」と太っ腹!
  • 森田光達画伯のカニの絵
    「鯉を描かせたら右に出る者がいない」と言われる森田光達画伯によるカニの絵。「かに?」のカニの旨さに触発されて、ふだんは描かないカニを描いたのか。極上の料理には、思わず絵筆を取らせる力があるのか。
  • 皿
    カニすきでは、カニの部位、具材ごとに一皿ずつ取り分ける。都合10種類の皿を使うという。地元の窯元ものから作家もの、古い時代のものなど、多種多彩。具材との相性、お客様の好みに応じて使い分ける。

かに?
鳥取県鳥取市末広温泉町271
TEL0857-22-7738
営業時間 14:30~16:30 ※要予約
     17:00~22:00
定休日  不定休

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba