神楽坂 石かわ | 石川 秀樹 驚きと納得感。類を見ないスイカの一品
洞察が生む静かな驚き
石かわの料理は一見“普通”なたたずまいだが、よく見ると骨格から細部に至るまで、石川秀樹氏の経験と美学が反映されている。そんな石川氏がスイカを料理で手掛けると、どのような品になるのか?今回スイカに合わせたのは、牛肉。思いもよらない組み合わせだが、まるで前々からあったような相性のよさを見せる。驚きと納得感のある、他にない一品を作ってくれた。
新しい素材は先入観なしで向き合う
「子供の頃からスイカは好きでしたね。出始めからうれしく、夏にはほぼ毎日家で出されるのを飽きずに食べて。今もスイカは好きです」。そう語る石川氏。「なのでスイカのデザートは作ったことがあります。でも料理は初めて。このお題が来た時は『ええ?』と思いました」
変わったテーマではあるが、石かわのモットーは「最上の旬の素材を用い、組み合わせや調理法、バランスによって他にない料理を作る」こと。そして用いる素材は、たとえば西洋料理らしいものを使う奇抜さ、ものめずらしさは求めない。むしろおなじみの素材を深掘りし、新たな魅力を引き出して料理を構成する。そういう意味では、スイカは石かわの料理において、ありえない素材ではないだろう。日本人にとってスイカは夏の象徴として親しまれている素材で、決して奇抜ではないだからだ。
「新たに素材に向き合う際は、生でかじる、焼く、蒸す、炊く……というように、とりあえずさまざまに試してみます。『これは無理だな』という先入観はなしで。そしていろいろ味わった中で『これは意外といい』というものを詰めていく」と話す。「あとは何を取り合わせるか、ですね」。
ここでは、経験がものをいう。「それでも、いろいろ試してみますが。やはり、先入観をできるだけ排します」
そんな工程を経て出来上がったのが、今回の一品だ――厚めにスライスし、四角く切り整えたスイカに葛を打ち、炭火で表面の葛にこんがりと焼き色をつける。これを、ごく軽くしゃぶしゃぶにした、生に限りなく近い牛肉と重ねた。やや強めに醤油をきかせた醤油あん、白胡麻のあんを添え、二つの味で楽しんでもらう。
スイカと牛肉の驚きの相性の良さ
この料理で驚くのは、スイカと牛肉の相性のよさ。スイカの爽やかな甘さ、風味とシャキッっとした食感は、それとは対照的な、柔らかくなめらか、旨み豊かな牛肉と非常によく合う。スイカがまとう香ばしさが、この二つをつないでいるようだ。また、牛肉という主役を張ることが多い素材を用いながら、ここでは牛肉とスイカが釣り合うか、むしろスイカの方が強い存在感を発している。
なおこの料理を作るプロセス上のポイントは、「スイカ自体には火を入れず、表面のみに香ばしさをつける」点。スイカはカットしてから軽く乾燥させ、よくよく冷やしてから、葛を打ってあぶる。スイカ自体はごく冷たいので、表面の葛を色づくまで焼いても中のスイカはほぼ熱せられない。それで、スイカの食感やみずみずしさが保たれる。
石かわのコースは全員野球!
決して奇をてらわない。それでいて、お客の驚きと満足感を引き出す。そんな料理を入れ込みながら、石かわのコースは形作られる。ちなみに、石川氏はコースでは「主役のいない流れを意識しています」という。「うちのコースは、四番打者がいない。全員野球です。どれにもきちんとインパクトがあり、でも、スーッと終わっていく」。 全員野球の一員として、チームになじみながら自分の働きを発揮する。そんなあり方を、この料理は実現している。
Photo Masahiro Goda Text Izumi Shibata