日本料理 かんだ | 神田 裕行 スイカは、デザートの粋を超えて

口に広がる「涼感」。かぶりつくのとは別次元の旨さ

スイカを前菜に仕立てた「元麻布 かんだ」の店主神田裕行氏は言う。「前菜には華やかさと高揚感が求められます。その中でフルーツはいい役割を演じてくれる」と。かぶりついて食すのとは別次元の旨さが引き出された。

神田少年とスイカの思い出

大きなスイカにググッと両刃の包丁を入れて、見事に真っ二つに切って一言、「僕、スイカ、大好きなんですよ」――。「普通の片刃の包丁だと、自分では切っているつもりでも、先割れするんですよね。だから今日は、巻寿司を切る時の包丁を使いました」と相好を崩す。

スイカを切る神田裕行氏

スイカと聞いて、神田氏がすぐに思い浮かべるのは一枚のモノクロの写真。2歳くらいの神田少年が庭で素っ裸になって、スイカにかぶりついている場面を写したものである。

「子供の頃はプールから帰るとよく、大きな盥で冷やしたスイカを切り分けて食べました。強烈な思い出ですね。その時の感じを超える料理は、正直、難しいなと思いました」

〝らしさ〟を残しつつ〝らしくない料理〟に

そんな神田氏が今回の挑戦で大切にしたのは、「スイカをしゃくしゃく食べながら、時々種をペッと出す、あのリズム感と、涼感あふれるシャリッとした歯触り」。自分の記憶と、スイカが象徴する日本の夏の風土に密接に結びついた前菜に仕立てた。

「今まであまり使ってこなかった食材を取り入れる時、〝らしさ〟を残しつつ〝らしくない料理〟に仕立てることを考えます。スイカの場合、色で言うと〝らしさ〟は赤い色ですよね。だからまず、その赤を何色で引き立てようか、というところからイメージを膨らませます。そうして『夏だし、黄色とか黒じゃなくて、白にしよう』と決めて、スイカと食感が合うもので白い食材って何だろう……というふうにイメージを重ねていく。それがかんだの料理の考え方です」

神田氏が合わせた食材は、胡麻豆腐だ。それも胡麻を一晩漬けてギューッと絞り、出汁と合わせて白濁した豆乳のようなものを作り、吉野葛で固めたという、手の込んだクリーミーなもの。氏が「アーモンドミルクならぬ胡麻ミルク」と表現するそれを、スイカのジュースを煮詰めたゼリーに混ぜ合わせたスイカの小片の上にのせる。「それだけでもおいしかった」と言うが、もう一工夫。「日本料理のお出汁の旨味を足したい」と、さらに鰹と昆布の一番出汁のゼリーをのせて完成させた。

「かんだ」のスイカ料理
スイカの果肉とスイカゼリー、胡麻ミルク、出汁ゼリーから生まれる「シャリッ、とろり、シャリッ、とろり……」の食感が楽しい一品。赤、白、黄金色の三層に重なる色合いが見た目にも夏らしい印象を与えている。

ガラスの器に盛られたこのスイカ料理は、スイカの赤と胡麻ミルクの白、出汁ゼリーの黄金色が三層を成し、とてもきれい。スプーンですくって口に入れると、スイカのシャリッとした歯触りと、胡麻豆腐のとろりとやさしい味わい、出汁のあっさりした風味が溶け合い、夏の涼感が広がる。「暑い中をお越しくださったお客様に、クーラーのきいたお店で、シャンパンとともに召し上がっていただきたい」との言葉通り、前菜の最初の一口にふさわしい料理である。

果物は、デザートの粋を超えて

「今後はスイカに限らず、果物を前菜のお料理として積極的に使っていきたいですね。今夏は、桃のお料理を出しました。とくにコロナ禍の今、免疫力アップや酵素を摂取することの重要性が再認識されています。食前に果物から酵素を取り入れると、健康にいいし、前菜がより華やかに仕立てられます」

神田氏は今、果物の可能性を、デザートの枠を超えて広げようとしている。
神田さんとスイカ

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba

神田 裕行

日本料理 かんだ 神田 裕行

Hiroyuki Kanda
1963年徳島県生まれ。大阪の日本料理店で4年半の修業後、86年にパリの板前割烹「TOMO」の料理長として渡仏。91年に帰国し、小山裕久氏が料理長を務める徳島の料亭「青柳」へ。赤坂の日本料理「basara」の料理長を務めるなど青柳グループの東京進出に尽力。2004年東京・元麻布に日本料理店「かんだ」をオープン。07年から『ミシュランガイド東京』で三つ星の評価を得ている。
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